Twitterがああいうことになってしまったので、ザリガニの鳴くところのラストの考察をここでしますね。ネタバレです。長いよ。
カイアが貝の首飾りを保管していた理由は、チェイスへの思い入れというより、彼に奪われたものを取り戻したという意味合いだと思っていたんですね。それが非常に天女の羽衣的なエピソードだなと思って。チェイスは彼女のなにものも損なうことができなかった証拠としての貝の首飾りというか。
ラストで、カイアがチェイスのスケッチを残していたのは原作にはなかったことだったのでちょっとびっくりしたんですが、カイアはカイアという人間なので、あれがチェイスを愛していたという証拠とするのは弱いのではと思って。彼は恋愛の対象というよりは、観察の対象だったんじゃないかな。典型的な行動をとる人間雄のサンプル。他の多くの沼の生き物たちと同様、スケッチを書き留めた。逆をいえばそうやって突き放して観察することによって、自分の受けた被害を自分から引き離して、客観視しようとしたのかもしれない。いずれにせよ、ただ愛しているとするには、複雑すぎる感情を抱いていた気がします。
今日もうワヤで自分の無駄動きとあさはかさがやんなったので、もう仕事はがんばらないことにする!と決意した矢先の残業ですよ……俺は意志の弱い人間だ……
この世から争いはなくならないと思った話をします。
栄養士さんが自分は結婚していないし子供もいないけど研修を積んで少しでもよりよりものを提供できるようがんばります、というつぶやきに、これだから独身は/頭で学んだものを押し付けられるのは迷惑/わたしもこんな被害にあった、みたいなレスがあれよあれよとついていて、頭を抱えた。
@stocker stockstart taO0NFDWLV
20+ shipper 血と暴力多めの映画(最近はインド映画)をよく見ます。