Twitterがああいうことになってしまったので、ザリガニの鳴くところのラストの考察をここでしますね。ネタバレです。長いよ。 

カイアが貝の首飾りを保管していた理由は、チェイスへの思い入れというより、彼に奪われたものを取り戻したという意味合いだと思っていたんですね。それが非常に天女の羽衣的なエピソードだなと思って。チェイスは彼女のなにものも損なうことができなかった証拠としての貝の首飾りというか。

ラストで、カイアがチェイスのスケッチを残していたのは原作にはなかったことだったのでちょっとびっくりしたんですが、カイアはカイアという人間なので、あれがチェイスを愛していたという証拠とするのは弱いのではと思って。彼は恋愛の対象というよりは、観察の対象だったんじゃないかな。典型的な行動をとる人間雄のサンプル。他の多くの沼の生き物たちと同様、スケッチを書き留めた。逆をいえばそうやって突き放して観察することによって、自分の受けた被害を自分から引き離して、客観視しようとしたのかもしれない。いずれにせよ、ただ愛しているとするには、複雑すぎる感情を抱いていた気がします。

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つづき 

原作カイアは自分に向けられる人間の感情を、動物を観察するように観察していた節があるんですが、自分自身への考察はあまりしていないんですよね。そこが不思議だなと思って。自分がどうしたいかは知っているけれど、なぜそうしたいのかについては、深く追求することなく(もしくは人に見せることなく)いってしまった人で、そこがカイアを謎めいた人間に見せるところでもあるなあ、という話でした。

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