最近、自分の好きなコンテンツ内の好きなものに公式供給があることを「燃やされる」「焼かれる」と表現するのをみかけて(うれしいはずなのに、反応も阿鼻叫喚みたいな感じ)今まさに現実での空爆に晒されてる国がある中で、その表現は適切だろうかと、うーむと考えこんでしまった。嬉しくて高揚する気持ちが過ぎるあまりの反転表現だとは思うんだけれど、ちらりと見かけてしまうたびにちょっとお腹がしくしくします。

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これは自戒も込めて…好きなものを語るときってどうしても多少レバレッジがかかってしまう。大好きすぎて、うれしくて。興奮してしまってね。その高揚は何も悪いことじゃないけれど、その表現は適切かどうか、誰かを踏んでしまっていないか立ち止まって考えることはしていきたいな。昔書いたものを見ると(今の自分だったらこの表現はしない)ということって本当によくあります。何度も間違えながら生きているけれど、間違えたときには立ち止まって、よりよい表現を考えたい。

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