『溺れるものと救われるもの』
プリーモ・レーヴィ 著 / 竹山 博英 訳https://publications.asahi.com/product/21490.html
“虐殺を逃れたものたちの多くは[中略]、SS(親衛隊)の兵士たちが囚人に、次のような冷笑的な警告をして喜んでいたことを記憶している。「この戦争がいかように終わろうとも、おまえたちとの戦いは我々の勝ちだ。生き延びて証言を持ち帰れるものはいないだろうし、万が一だれかが逃げ出しても、だれも言うことなど信じないだろう。おそらく疑惑が残り、論争が巻き起こり、歴史家の調査もなされるだろうが、証拠はないだろう。なぜなら我々はおまえたちとともに、証拠も抹消するからだ。そして何らかの証拠が残り、だれかが生き延びたとしても、おまえたちの言うことはあまりにも非道で信じられない、と人々は言うだろう。それは連合国側の大げさなプロパガンダだと言い、おまえたちのことは信じずに、すべてを否定する我々を信ずるだろう。ラーゲル(強制収容所)の歴史は我々の手で書かれるのだ」” 序文より
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『溺れるものと救われるもの』
プリーモ・レーヴィ 著 / 竹山 博英 訳
https://publications.asahi.com/product/21490.html
“大量虐殺の多くの物理的証拠が隠匿された。あるいは多少なりとも巧妙に湮滅が試みられた。一九四四年の秋にナチはアウシュヴィッツのガス室と焼却炉を爆破した。しかしその残骸はまだ存在しており、追随者たちの歪曲にもかかわらず、現実にはあり得ない理由でその用途を正当化しようとする試みは破綻しているのである。またワルシャワのゲットーは一九四三年春の有名な蜂起の後、地表に何も残らないほどに破壊された。しかし何人かの蜂起者=歴史家(自ら歴史家になったものたち)は、超人的な努力を払って、何メートルもの厚さの瓦礫の下に隠したり、壁の外にこっそり持ち出して、ゲットーが日々いかにして生き延び、死んだか、証言できるものを、後世の歴史家が見つけ出せるようにしたのだった。” 序章より
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