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 “「復員船に乗る前夜に逃亡して上海の町を浮浪して歩いたときにも、彼は自分が女であったら、とくりかえしくりかえし考えたものであった。夜の町に、困窮した日本人や朝鮮人の女が立ち、中国の男たちに買われて行くのを、彼は深い羨望の念をもって見送った。国というものが犯した行為というものは、最初に、そうして最終的にも、窮極的にはああいうかたちでつぐなわれて行くのであろう、と彼はいまでも信じている。」

 復員船に乗る前の晩、罪意識に悩まされる恭助が、上海郊外にあった集中営を逃げ出すエピソードである。戦場での暴力を忘れ、日本に帰ることを拒む彼が、ここでも倫理的な立場を獲得し得ないのは、女性に対する認識のためである。恭助は、植民地、敗戦、占領といった現実が女性に強いる暴力を理解しようとせず、「国というものが犯した行為」が女性たちによって「つぐなわれて行く」状況そのものを、問題視することができないでいる。そうした考え方が老婆を殺す原因であったことに無自覚なのだ。”
第三章 裁かれなかった残虐行為(一九六〇年代)
 1 アメリカの残虐行為を問う――堀田善衞『審判』
 
『文学が裁く戦争 東京裁判から現代へ』iwanami.co.jp/book/b635086.htm

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