『春になったら苺を摘みに』 夜行列車
“彼は、或いは彼女は苦しんでいる。過去に自分の尊厳が踏みにじられたことで。つい昨日までは自分の体は自分のものであり他の人間と同じように一人の生活人であったものが、突然今まで想像だにしなかったような場所に突き落とされる。生殺与奪の権を自分ではないものが握っている。生まれた時からずっと切れ目なく連続していた「自分」というものの意識が、そこでぷっつり切れてしまう。傷なんていうものではない。文字通り「自分」の存亡をかけて、彼或いは彼女は「その後」を生きなければならなかった。何とか自分の人生を取り戻したい、謝罪をして欲しい、と思う。その一点に自分の存在がかかっているように思う。しかし彼或いは彼女は本当にどういうことが起こったのか、相手にそれをわかってもらうのは不可能だとどこかで醒めている。謝罪など口先だけのことだ。
しかしどうあっても謝罪はしてもらわなければいけない。そうでなければ自分の生は立ち行かない。
このギャップを埋めるための工夫が補償金だ。”