20230506「帰れない山」2
山の言葉で「悲しい」という感情を何というか。
ピエトロとそんな話をしたことがあった。
本を読むようになって、言葉を得て、俺は自分の感情を理解することができた。
友達もいない孤独も、飲んだくれの親父が出稼ぎを繰り返しても貧しく、山の村はどんどん小さくなり、自分の未来を信じられない閉そく感も。
都会へのあこがれはその裏返しでしかなく、俺の居場所は結局山にしかないのだという、あきらめとも違う、どこか深いところで腑に落ちる感覚も。
そして俺が「言葉を得た」のは、つまりはジョバンニのおかげだった。
「本を読む」のは学校でやらされる気の重い課題なんかじゃなく、自分のためであり楽しみなのだと、教えてくれたというよりは、山小屋や村の家での静かな夜に示してくれたのだ。
もちろん、俺は実際には言葉を使って自分が感じていることを誰かに伝えるのは今でも苦手だが、親父や叔父たちはとうとう知らないままだったことを知る機会を得た。
それは俺の人生を変えた。確実に。
選択が正しかったのかどうかは問題じゃない。
たとえ一人で山でいても、俺はもう独りではなかった。それが何よりも大事なことだった。