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#ノート小説部3日執筆 「家路」 お題:真夏日 

蝉の声を高くに聞きながら、俺と彼女は自転車でふたりだけの秘密の近道を走り抜けた。
俺たちの住む村は因習村一歩手前の、無意味なしきたりやオカルトめいた言い伝えにあふれた場所で、「大人になったら絶対にこんな村出てってやる」が俺たちの合言葉だった。
ジジババ連中が言うには俺の家系は大昔に村を荒らした祟り神だか化け物だかの系譜で、彼女はそれを鎮めた巫女の系譜らしく、封印の維持のため俺たちは高校を卒業次第結婚するよう言われているのだが、俺も彼女も好き合ってはいるもののそんな因習を引き継ぐ気はさらさらなく、親の代がそこまで迷信深くないのをいいことにどうにか言いくるめてまずは県外の大学に進学しようと企んでいるのだった。
もちろんいずれはそのまま村の外で就職し、夫婦になるとしても馬鹿馬鹿しい迷信が及ばないところで、お互いの同意によってのみ結ばれようという算段である。
家にいるとジジババの昔話が厄介なので、俺たちは可能な限り日中は外に作った秘密基地で過ごすことにしていた。
小学生でもあるまいに秘密基地か、とは思うが、こと俺たちの関係に関しては村の大人全員が目を光らせているようなもので、人目につくところで何かしていれば即座にジジババまで委細が伝わる仕組みになっている。
よって俺たちは学校終わりにこっそり合流し、秘密基地で受験勉強などをするしかなかったのだった。
ジーワジーワと蝉たちが求愛行動をする木陰で、俺たちは学校の図書室でコピーした参考書を広げたり、物好きな叔父に譲ってもらったカメラでお互いを撮り合ったり、たわいもないおしゃべりをしたりしていた。
それが大人たちに既に把握されていることも知らずに──

いつからか彼女は夏でも長袖しか着なくなった。
理由を聞くと「日焼けとかしたくないから」という答えが返ってきたが、それは建前で本当は袖の下にできたものを隠したかったからだったということを俺は後から知ることになる。
俺たちの自由はだんだんと狭められていた。
俺は男で、少なくとも老人たちよりは背も高く腕っぷしもあったから、反抗期らしく腕力に物を言わせた挙句「止めたら祟るぞ!」と脅してどうにか我を通せていたが、彼女の方は「巫女の血を継ぐひとり娘の命」を盾にするしかなく、なけなしの自傷行為で威嚇していたのだった。
そして自傷行為がパフォーマンスに過ぎないことがバレると、彼女の我が通されることは少なくなり、学校も休みがちになった。
事実上の軟禁である。
「18になるまで巫女様には家でおとなしくしていてもらおう」
老人たちがそう話しているのを聞いて激高した俺は、両親が止めるのも聞かず彼女の家に乗り込んで、そして──

……と、ここで目が覚めて、俺は転寝をしていたことに気がつく。
エアコンもつけず締め切った部屋の温度計は30℃を上回っており、シャツはじっとりと汗ばんでいる。
この真夏にも似た暑さがきっとあんな夢を見せたのだろう。
「……勘弁してくれよ、まだ梅雨も明けてねえってのに」
夏前にエアコンを稼働させるのは何だか業腹で、とりあえず窓を開けてしのぐことにする。
外から入り込む風はお世辞にも涼しいとは言い難く、去年よりもずっと暑くなりそうな予感を伝えてくるが、俺はそれを敢えて黙殺した。
あの頃の夏にも似たこの気温、当時はエアコンなんてつけていなかったはず。
『今でも君の写真を持ってるのは 無くしたくないものがそこにあるからなのでしょう』
つけっぱなしにしていたラジオが歌っていた。
そして奇遇なことに、俺の手元にも彼女の写真が残っている。
けれどそれは郷愁や恋慕からではなく。
俺は抽斗にしまってあったそれを取り出すと、灰皿の上で躊躇なく火を点けた。
めらめらと燃えゆく印画紙は見る間に灰に──なったかと思いきや、ひとつ瞬きするうちに元通りになっている。
「……ったく、いい加減成仏しろっての」
まだ写真から、というか俺から離れないつもりらしい彼女に悪態をつく。
蝉の声も蛙の声も聞こえないここで、俺たちは今年も夏を迎える。

おわり
Featuring MUCC「家路」

#ノート小説部3日執筆 書きました〜。七夕の日、晴れてるのに彦星に会いに行かない織姫の話です。お題→七夕 

【織姫様は推しに夢中です!】
 その年の七夕は、珍しく晴れていた。下界の人々はカンカン照りの暑さに喘いでいたが、それでも、何処か晴れ晴れとした気持ちだった。
「今年は晴れたから、織姫と彦星が会えるねぇ」
 そう。七夕というのは、織姫と彦星が年に一度きりの逢瀬を楽しむ日。
 そのため、天空では、織姫が彦星に会うべく、るんるんと準備を整えている。かと思いきや……。
「織姫様」
 織姫に仕える従者が、声をかける。織姫は顔を上げた。
「……ん? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません。今日は何の日か、覚えてらっしゃいますか」
「えーっと……あっ! 今日は、ひこひこスターさんの配信がある日だ!」
 そう言って織姫は、また顔を下げた。「配信まだかな〜?」とわくわくとしている。
 そんな主に、従者は溜め息を吐いた。
 ……織姫には、推しがいる。先ほど言っていた、ひこひこスターという名前の配信者だ。
 確かに、語り口調も優しく、聞きやすい人……だと思う。だが、その配信者の配信を見るために、織姫は彦星と会わないと決めてしまっているらしい。
「織姫様」
 従者は、再び織姫の名を呼んだ。
「今日は、織姫様が、彦星様と出会う日ですよ。一年に一度の逢瀬の日ですよ」
「うん。そうだねー」
「なのに、こんなところでゴロゴロしていて良いのですか? 彦星様がいらしたら、悲しまれると思いますよ」
「良いんだもん。ひこひこスターさんのほうが素敵だし、綺麗な声だもん」
「そ、それは……そうですが」
「だから、私は今年は行かないの。きっとあっちも、もう、飽きちゃってるよ。私なんかと会うの。私みたいなネクラなものに会うなんて」
「そんなこと、ありませんよ」
 従者は、そっと声をかけた。
「! えっ……」
「私だったら、会いに来てほしいと思います。たとえ、飽きてしまっていても」
「……」
「織姫様は、それでも嫌ですか? 会いに行ってくださらないのですか? 彦星様に」
「う、ううん……」
 織姫は、ちょっとドギマギしながら首を横に振る。「だったら」と従者はにこにこと笑った。
「織姫様、彦星様に会いに行きましょう。ね、そうしましょう! そうして、言えば良いのですよ。会うのなら、今度からは連絡してからにしてください、と」
「……うん。そうする。私、そうするよ!」
「頑張ってください、織姫様!」
 従者はにこにこと、織姫を応援した。


「はぁ……まさか、自分が織姫様の推しだとは……」
 従者。またの名を、ひこひこスター。
 適当に名を付けたので、織姫様には、未だに自分がひこひこスターだとはバレてない。と思う。
「とはいえ……つい、言ってしまったからなぁ。あの声で」
 織姫様に会いに行ってほしくて、つい、ひこひこスターの声で話してしまった。これからは、気をつけないと。
「しかし、あの声で織姫様を動かせるのなら……いやいや、そんなのは良くない。織姫様は、ひこひこスターに夢見てるみたいだし……」
 うーんうーんと、従者は悩みを深めるのだった。


 一方その頃、きちんと従者の言う通りに伝えられた織姫は。
「気のせいか、従者からひこひこスターさんの声が……ううん、気のせい、だよね」
 だって従者は、ずっと織姫に付き添ってくれてる優しい人なのだから。
 配信者になってるのなら、きっといつか、自分に打ち明けてくれる。そんな人だから。


「あっ。今日もひこひこスターさんの配信がある!」
 やったぁ! と天に向けて手を上げた織姫に、ひこひこスターこと従者は、ふふ……と微笑んだのだった。
 めでたし、めでたし。

#ノート小説部3日執筆 にゃんぷっぷーと飼い主の七夕です(一次創作『子々孫々まで祟りたい』のキャラ奥武蔵と狭山咲が出てきますが知らなくても読めます) 

もうすぐ七夕だから短冊に願い事を書きたいにゃ。でも笹がないにゃ。
 オタくんが仕事でいないとき、パソコンでmisskeyを眺めてたら、misskeyに短冊が投稿できるメーカーが流れてきたにゃ。これにするにゃ!
 にゃぷはさっそく「オタくんにずっとかわいがられますように」と短冊に書いてノートしたにゃ。
 仕事から帰ってきたオタくんに、そのノートを見せたにゃ。オタくんはデレデレの笑顔になって、両手でにゃぷをなでなでしまくったにゃ。

「もう俺、いくらでもかわいがっちゃうよー!」
「ぷにゃあ……」

 にゃぷは嬉しくて、にこにこしてしまったにゃ。

「お願いが叶ったにゃ!」
「俺も書こっと」
「なんて書くにゃ?」
「彼女に捨てられませんように! 彼女に捨てられませんように! 彼女に捨てられませんように! って」

 オタくんは、最近咲さんって彼女ができたにゃ。すごく優しくしてくれるらしいんだけど、オタくんはまともに彼女できたのが初めてだから、咲さんに見限られるのをすごく怖がってるにゃ。

「流れ星じゃないんだから、三回言わなくても叶うのにゃ」
「いやー、大切な願いだから、たくさん言いたくなって」
「にゃぷのことは? 何もお願いしてくれないのにゃ?」
「あ、ごめん」

 オタくんはすまなそうな顔になって、それから言ったにゃ。

「にゃんぷっぷーとはさ、わざわざ願わなくてもずっと仲良くいられるかなって感じだったから……」
「ぷにゃ!」

 オタくんは、にゃぷの愛を疑いもしてなかったのにゃ。一枚上手だったにゃ。

「えへへにゃ、そういうことなら許してあげるにゃ」
「いやーごめんね、じゃあ、にゃんぷっぷーがずっと元気でいられますようにって書こう」
「にゃぷも、オタくんが元気でいられますようにって書くにゃ」

 そういう訳で、misskeyのどこかには、【にゃんぷっぷーがずっと元気でいられますように】【オタくんがずっと元気でいられますように】の短冊ノートがあるのにゃ。

#ノート小説部3日執筆 『五色の短冊、あなたは書いた?』 

「ねぇねぇ、短冊もう書いた?」
「まだ〜。ひとつに絞れなくてさ〜」
「そうそう、この前さ、『彼氏ほしい!』って短冊あったの!アタシもそれにしよっかな〜」
中間テストの返却が終わって、クラスはすっかりいつも通り。今いちばんホットな話題は、七夕の短冊飾りのこと。
各階のホールに笹が一本飾られて、その横に、色とりどりの画用紙で作られた短冊を書くスペースがある。おのおので書いて、それを吊るして、第三者がそれを冷やかすのがいつもの流れだ。

「留里くんは短冊書いた?」
私は隣の席の子に話しかけた。コンビニの菓子パンを咥えていた、無愛想な顔がこちらを向く。
「別に。書くものないし」
それだけ言って、彼の顔はまた黒板の方を向いてしまった。テスト返却の時間割と、先生が消し忘れた解説文くらいしか見るものがないのに。
『天才だから、星に願う前に、なんでも手に入れちゃうんだろうな』
薄ぼんやりと、そんな風に思った。

ふと留里くんの机を見ると、レジ袋の下にさっき返ってきた解答用紙が見える。右上には100点と書かれている。
一方で、私の机の上はというと。お弁当と巾着袋と、半分に折った解答用紙がある。なんというか、直視したくない点数だったので折って隠してしまった。まぁこんなことしなくても、黒板に書かれた“最低点数”は、音楽以外は私のだけど。

この子とは席が隣というだけで、なんとなく話しかけている。正直に言って、彼は友達が少ないタイプだろうなとは思う。無表情で、無愛想で、会話も続かないし、休み時間もずっと勉強してるし。
別にそれを哀れんでいるわけじゃないし、冷やかしているわけでもないけど、なんとなく放っておけない。別に、私が一年の頃に友達作りに失敗したから、仲間外れになってそうな子に話しているとか、そういうのではない。……虚しくなってきた。

「で、日野さんは、短冊書いたの?」
あっちから話しかけてくるのは珍しい。横を見たら、顔はそのままに目線だけこっちに向いていた。怖い。
「や〜、私も書くことないし」
「そっか」
そうして、彼の目線は咥えたパンの方に向いた。

正直、願い事はある。部員が増えてほしいとか、できればユーフォニアムの子がほしいとか、いない楽器のソロパートをこっちに充てないでくれとか……。
全部、自分の力ではどうすることもできないものばっかりだ。やってらんない。

――
「失礼しまーす。吹奏楽部の日野クロネでーす。教室使ってもいいですかー」
自分の教室だが、一応部活の決まりとして声を掛ける。
「いいよ」
気だるげな声が返ってきた。相手は留里くんだ。家に帰ってもつまらないから、下校時間ギリギリまでずっと教室で暇つぶしをしているらしい。
図書室だとか、どこかのゆるい部活とかに行けばいいものを、なぜかそういう方向には行かないらしい。というか運動神経いいんだから、運動部でも結構活躍できると思うけど。

それ以上は会話を交わさず、譜面台と楽譜を広げて練習を始める。
普段より長めに基礎練習をとって、ある程度までいったら曲に手をつける。

ウチの吹奏楽部は人が少ない。楽器に一人いればいい方で、楽譜上必須になっている楽器が居ないこともある。その場合は、無理やり他の楽器でカバーしている。
その結果、
私(ホルン)には本来無いはずのソロパートがある。
選曲の時に指摘したけど、顧問が好きな曲らしいのでゴリ押しされた。決まってしまった以上は、本気でやるしかない。

ソロは間違えられないから、入念に。それ以外でも手は抜かず、きっちり練習しないと。ただでさえ人数差で負けてるのに、演奏の質で負けたら、コンクールに出る意味がない。

まずは一曲分を通して演奏する。そしてつっかえた所を確認していく感じにしよう。正しい練習かどうかは分からないけど、それでもやらないよりマシになるはずだ。お兄ちゃんだって、「まず全体を見て、細かい所を直していくのが良い」って言ってたもの。絵画と音楽じゃジャンルが違うけど、本質はきっと同じはずだ。

主旋律(メロディ)から、伴奏、ユーフォニアムソロの代替、他楽器の裏で静かに鳴る時のイメージもちゃんとして……。
一曲演奏して、手元のノートに今日の課題を書く。やっぱりソロに納得がいかないこと、今日は全体的に音程がガタガタなこと、その他いろいろ。

ふと顔を横に向けると、留里くんはまだ勉強を続けていた。4時半過ぎの日射で逆光だけど、静かな瞳がよく見える。
「あの〜、ウルサくない?大丈夫?」
集中を削いでいたら申し訳ない。どうしても音を出す都合上、騒音トラブルが起こりやすいから、つい神経質になってしまう。
「うん?気にしなくていいよ」
彼はペンを置いて、こちらを向いた。表情はほとんど変わらないし、声色もいつも同じ。それでも、なんとなく気にかけてくれているんだろうなと感じる。錯覚かもしれないけど。

「オシャレな曲だよね。その、さっきの曲」
練習で何回も聴いているからだろう、興味を持ってくれるのは吹奏楽部冥利につきるってやつだ。
「ホントはね、もっと大人数でやるの。ほら、うちの部って10人しかいないでしょ?代替とかで大変なんだ〜。ほら、ここだけ別の楽器の楽譜なの」
楽譜を見せ、適当な世間話に転嫁して、なんとか話すネタを捻出する。練習するべきなのは分かっているけど、それより今は、留里くんともうちょっと話してみたい好奇心が勝っている。

「“The Seventh Night of July”……?」
「“たなばた”だよ。コンクールでやるんだ」
吹奏楽では有名な曲、らしい。私は今回初めて知ったけど、たしかにオシャレで素敵な曲だ。私がさんざん苦戦しているソロパートは本来、織姫のサックスと彦星のユーフォニアムで互いにソロをする。うちの部にはユーフォニアムはいないし、サックスは男子だけど。

「クロネちゃ〜ん!行くよ〜!」
チューバの先輩に呼ばれて、ふと時計を見る。たしか今日は合奏をする日だった。早めに音楽室へ行って、準備をしないといけない。
「じゃ、私そろそろ行くから」
「頑張って。応援するよ」
留里くんはチアのポンポンを振るみたいに、小さく手を振った。全く応援する表情じゃないけど、言ってくれるだけでも嬉しいもんだ。

「ありがとう。そっちも――えっと、いろいろ、頑張って」
何を応援するべきなのかは分からない。でも、応援されたなら、こっちも何か応援すべきだ。
「ありがと。いろいろ、頑張っとく」
留里くんの口角がほんのり上がったように見えた。今度は気のせいじゃない。

席を立ったときにふと留里くんの机を見た。英語がずらずら書かれた本とノートの横に、何かが書かれた水色の短冊がある。結局その時はドタバタしてたし、ちゃんと読めなかった。
明日、もしくは月曜にでも笹を探してみよう。留里くんはキレイな字だし、きっと分かるはずだ。

……私は、何を書こう?やっぱり、部活のことだろうか。結局書かないかもしれない。
でもそれでいいかも。あんまり願いが多すぎても、織姫と彦星が困るだけだし。

#ノート小説部3日執筆 #カフェテラスMisskeyio #スナイパー・ロンとスポッター・リー 【BL】$[font.serif 「七夕と傭兵」] 


 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに面したカフェテラスに、枝ぶりの豊かな竹が一本、支柱にくくられて立っている。枝には折り紙で出来た吹き流しや網飾りや鎖など、色とりどりの飾り付けが施されて、そして何より一番目に付くのは、色々な人の手によって文字が書かれた短冊が結び付けられて、七月の風にそよいでいることだった。
 その竹をテラス席の対角から眺めながら、アイスコーヒーを手にくつろいでいる二人の男がいる。ひとりは、黒い長髪と浅黒い肌の、白いTシャツにデニム姿の男。もう一人は、短い金髪と青い瞳で、ポロシャツとチノパンツの男。二人ともこの炎天下にハイカットのスニーカーを履き、腰のベルトには拳銃の差さったホルスターが通されていた。
 傭兵上がりの二人にとって、ただでさえこのカフェテラスで過ごす平和な時間の流れは愛おしく、それでいてそれまでの人生から見れば目新しいことばかりだった。その中でもカフェテラスの向こうに飾られた竹は、いつになく二人の興味をそそった。
「あれ、なんだ?」
 テラス席でアイスコーヒーをひと口飲んだあと、長髪の男は飾られた竹を指さして言った。ロナルド・マクバーニー――皆からはロンと呼ばれている――のふとした問いかけに、同じテーブルの金髪の男は頬杖を突きながら答える。
「日本では、7月7日は『タナバタ』なんだとさ」
 答えたライナス・シモンズ――皆からはリーと呼ばれている――がそう言って金髪をかき上げると、ロンは腕組みしながら首を傾げる。
「タナバタ?」
 きょとんとしているロンの表情を、可愛いもんだな、と思いながらリーは椅子にもたれて言う。
「男女の星が、まあ、星が男女のカップルらしいんだ。そのカップルが仕事そっちのけでデートしてたら神様に怒られて7月7日しか会えなくなったらしい。で、その日に会えることを地上の下々はお祝いして、お願い事を書いた紙を竹の枝にに結び付けてあちこちに飾るんだとさ」
 リーの言葉に、ロンは口をあんぐり開けて天を仰いだあと、頭を抱えて見せる。
「そこまで失望することないんじゃない? なにに失望してるか分からないけど」
 リーが笑ってみせると、ロンは呆れたように首を振って見せる。
「なんで他人の恋愛を祝って、ついでで願いごとを叶えてもらえると思っているのかが分からない」
 しかめっ面してみせるロンに、リーはニヤニヤ笑って肩をすくめる。
「それは、噴水にコインを投げ入れて願いが叶うと思っているのと大差ないさ」
 リーの返しに、ロンはまた首を傾げて、そしてやっぱり首を振った。
「日本は平和だな、神様にお願いして叶えてもらえると思ってるなら」
 リーもロンも、子供のころから戦場で銃を手にして生きてきた。神様に祈って叶う願い事なんでほとんどない、と身をもって知っていた。叶うのは死んで天国に行くことであって、生き残ることさえ叶わないことを、仲間を看取りながら骨の髄まで知らされていた。しかし、たとえいま生きていることが偶然だったとしても、二人とも死にたくないと思って生きてきたことは確かだった。
 ロンの言葉に込められた諦念を読み取って、リーは優しく微笑んで見せる。
「まあ、いいんじゃない。彼らも本気で叶うと思ってるわけじゃないだろうし」
 Misskey.ioのサーバーの街は今日も賑やかで、たくさんの老若男女が行き交っている。絵師たちは「代理」の姿になって「うちの子」と共に表通りの屋台やショップをハシゴしている。テラス席を見回してみると、タブレット端末で絵を描いたり、スマホでダジャレのノートを書いたり、ノートPCでMFMアートを組んでいる客もいる。皆それぞれに、男だったり女だったり中性的だったり、そもそも性別なんてない人外だったり、全裸中年男性だったりする。 
「男女のカップル、か」
 ため息交じりにロンが言った。
「どうしたの?」
 リーがロンに向きなおって訊くと、ロンは腕組みして首を傾げる。
「男どうしとか、女どうしの愛を祝福する祭、聞いたこと無いなと思って」
 その言葉に、リーは鼻で笑う。
「なに、彼らに嫉妬してんの?」
 リーの表情を写し取るようにして、ロンも寂しそうな笑顔で首を振る。
「別に。いまさら」
 そう言って、しばらく二人で黙ったあと、リーが融けた氷で薄まったアイスコーヒーをぐっと傾けて、言う。
「いいんだよ、やらせとけ。俺たちは放っておいてもらえればいいだろう?」
「まあ、そうだけど」
 ロンがそう言って俯いていると、表通りの歩道の向こうから、二人に向かって真っすぐ歩いてくる女性の姿が見えた。ブラウンのショートボブに丸眼鏡の女性は、首元から裾までホワイトの太いラインが引かれているグリーンのワンピースを軽やかに着こなして、リーとロンのテーブルに近づいてくる。
「やあやあ、お二人さん、元気してるかね」
 女性はMisskey.ioの街で「ミスキーガール」と呼ばれていた。ミスキーガールの挨拶に、ロンは素っ気なく答える。
「どうも」
「ぼちぼちでんなあ、ハハハ」
 リーが愛嬌たっぷりに答えると、ミスキーガールは飾られた竹のほうを一瞥したあと、二人に言う。
「ほら、君たちも書きたまえ、短冊」
 その誘いに、ロンは首を傾げながら答える。
「ひとにお願いする願い事なんてないですよ」
「家賃の値下げも?」
 ミスキーガールがニヤリと笑って言ったのに、リーが即座に反応した。
「下げてくれるんですか?」
「は? 下げないけど? いいから書きな?」
 真顔でそう言って、ミスキーガールはテーブルを離れると、短冊とサインペンを手に二人のテーブルに戻ってきて、それぞれ一つずつ二人に渡した。


――あらゆる二人が、二人のままでいられますように  リー

――二人でいることにケチをつける奴を確実に仕留められますように ロン



7月4日はうちの子、
#スナイパー・ロンとスポッター・リー の主人公のリーくんロンくんの誕生日です。皆様で祝福して上げてくださいね!

#カフェテラスMisskeyio
#MisskeyWorld

#ノート小説部3日執筆 お題「七夕」 

七月に入り、一気に夏らしい気温になる季節。
 町の催しで開催する「七夕祭」の準備であちこちが賑やかな中、私はのんびりと道を歩いていた。
 町の中心に位置する広場には大きな笹が三本ほど設置され、その前に置かれた机には「ご自由にご利用下さい」の張り紙と合わせて置かれた色とりどりの短冊。
 私は机の前で立ち止まり、それをじっと見下ろした後で。何の気無しに一番上の青い短冊を手に取った。

「……あれ、るかじゃん。何してんの?」
 短冊に文字を書き終わったところで後ろから聞こえた軽い声。……私は短冊の文字が見えないように自分の方に表面を向けて持ちながら振り返る。
 そこにいたのはクラスメイトでバイト仲間の少年だった。
「……あ、短冊かぁ。そういやお祭り今週末だっけ」
 私の後ろにある机と短冊の束を見ながら、ひとりで納得したように呟きをこぼす。
「折角だ、オレも書こーっと」
 そう言いながら少年は短冊をガサガサと漁り、赤色の短冊とサインペンを手に取って机に向かい書き出した。……私の記憶では、彼は去年も赤色の短冊を選んでいた気がする。
 書いている文字が視界に入らないように少し移動してから私は口を開いた。
「……アンタ、去年も赤い短冊を選んでたわよね」
「んー? あぁ、だって赤の方が目立つじゃん? カミサマに見てもらわないと叶えてもらえないし」
「え、カミサマ信じてるの?」
 当たり前のように返してきた言葉にちょっと驚いて声をあげれば、彼はすぐに首を横に振って「いや別に信じてねぇけど」と否定を口にした。
「信じてないけどさー、こういう時はそう思う方が楽しいじゃん。ノリだよ、ノリ」
「……アンタはそういう奴よね……」
 にこにこ笑顔を浮かべている少年に呆れ顔を向けた後、私は自分の持った短冊を笹に結ぶためにそちらへ向かった。

「オレが高い所につけてやろうかー?」
 机の前から飛んできた声に私は首を横に振る。
「結構よ。そもそもアンタ、そんな身長高くないじゃない」
「あ! オマエ言ってはいけない事を言ったな! 努力してもどうにもならない事を言うのは言葉の暴力だぞ!」
「はいはい。ごめんなさいね」
「謝罪が軽い! 傷ついた!」
「はいはい」
 ギャンギャン騒ぐ少年を流しながら、笹に短冊を結び終えた私は彼の所へ戻る。彼も書き終わった短冊を目一杯背伸びして、出来る限り高い位置につけて満足そうな顔で鼻を鳴らしていた。

「うし、やり切った」
「それは良かったわね」
 ふー、と息をつく少年に言葉を返してから腕時計に視線を落とす。……今日はバイトの日だが、出勤まではまだ時間がある。

「アンタ、今日はシフト入ってなかったわよね。時間潰しに付き合ってくれるなら何か飲み物を奢るけど」
「え、マジ? やった、付き合う付き合う」
 二つ返事で了承した少年の言葉を聞いた後、私はスマホを取り出してメールアプリを開く。
「どうせなら翔子も呼ぼうか」
「あ、良いねー。呼ぼう、呼ぼう」
 少年は私の提案にうんうん、と頷いてくる。……あまりの軽い返しに、ちゃんと話聞いて了承してるんだろうか……と思いながら私はスマホを閉まった。

「るかの奢りかー、何にしようかなー。普段高くて手が出せないやつ頼んじゃおっかなー」
 ニマニマと笑ってあれがいいこれがいいと楽しそうな少年に対し、私は冷ややかな表情を作ってそちらを見る。
「言っておくけど上限五百円だからね」
「そういうのさぁ、後出しにするのは卑怯だと思うんだよ」
「聞かれてないし」
「言えよ!」
 すらすら話す言葉にテンポよく返してくるので内心で笑いつつ、表面上は何でもない顔をして。

 ……七夕の日、年に一度の願い事。どうか、叶いますように。

 ゆっくりと彼と並んで歩きながら、私はそんな事を思っていた。

#ノート小説部3日執筆 「短冊」お題:七夕 

 店の軒先に、大きな笹が飾られている。毎年、七月になるとこの商店には七夕の為の笹がやってくるのだ。
 その隣には小さな机が設置されて、折り紙を切って作った短冊とボールペンが置かれている。
「ごめんください」
「はぁい」
 店の奥から顔を出した店主が、ぱっと笑顔を見せる。すっかり顔馴染みになった彼に軽く手をあげて、巽はメモを見せた。
「週末に頼んでいた商品をお願いします」
「ちょっと待ってて」
 取り置き用の棚を漁るのを横目に、巽も握りしめていた封筒から代金を取り出す。――と。
「ヒロ! やってんなメンちょうだい!」
「ちょうだい!」
 店にやってきたのは元気の良い子ども達だ。どうやら駄菓子を買いに来たらしい。
「はいはい、順番ね。あ、待ってる間に短冊でも書いてってよ」
 店主――ヒロが外の笹を指さす。子ども二人は顔を見合わせ、それから声を上げた。
「なに書けばいいんだ?」
「なにって……願い事でしょ?」
 思わず巽が口を挟めば、子どもたちは怪訝な顔を青年に向けた。
「個人情報だぞ!」
「プライバシーの侵害だ!」
「はあ、最近の子どもってイヤなもんだ」
 口を揃えて抗議する二人に、巽は顔をしかめる。それでも彼らは律儀にも短冊とボールペンを手に取り、ぴらぴらと色のついた紙を揺らした。
「でもヒロには世話になってるからな!」
「カードパックをヨコナガシしてくれているからな!」
「横流し?」
「ただの取り置きだよ」
 短冊と睨めっこをはじめた子ども達を見て、ヒロが笑う。その手には巽が頼んでいた荷物が収まっていた。
「巽くんも書いていきなよ、短冊」
「ええ、僕? そんな歳じゃないよ」
「七夕に歳なんて関係ないよ。ほら見て、朝一番に来たお婆さんなんか、シャキシャキした字で無病息災って書いてる。なんでもいいんだ、本当のお願いでも、建前でも。七夕の笹にいいことを書いて飾り付ける。それだけで善いことなんだよ」
 ヒロがはい、と短冊とペンを差し出す。一行か二行、文を書ける程度の短冊は淡い水色だ。
「ヒロ、書いたよ!」
「へえ、なんて?」
「レアカードが当たりますように!」
「町内カード大会で優勝出来ますように!」
「はは、そりゃあいいね。じゃあ笹に飾ろうか」
 ヒロが表へと出て、受け取った短冊を笹の高い枝にとりつける。レアカードのようにキラキラと輝く金と銀の短冊が、陽光に反射してひときわ眩しい。
「はい、やってんなメン。今日は短冊書いてくれたからオマケでもう一つ」
「やった! サンキュー、ヒロ!」
「当たりが出たらもう一個?」
 もちろん、と頷くヒロから駄菓子を受け取り、子どもたちが走り去る。その姿を見送り、巽はうん、と小さく頷いた。
「元気だなぁ」
「さいわいなことだよ」
 七月の初旬にしては、夏の盛りといった日差しが店に差し込んでいる。目が眩むほど目映い空と、古い商店の薄暗さが対照的だ。ここは冷房が効いているので、居心地がよい。短冊を書けば代金を支払い帰らなければならないのが、惜しかった。
「悩むな。悩んで喉が渇いてきたよ。ラムネをください」
「はは、まるで喫茶店にきたようなことを言うね、君」
 百五十円を支払えば、水滴に濡れたラムネ瓶を手渡される。慣れた手つきでビー玉を落とせば涼やかな音が手に伝わった。
 一口呷る。弱い炭酸の甘さが喉に落ちていって、目が覚めるような心地だ。薄青い瓶を傍において、ペンを取る。
「商売繁盛かなぁ」
「この商店の? 嬉しいな」
「馬鹿言え、うちの店だよ」
 短冊に願いを書く。この願いが建前なのか、本音なのか、それともどちらとも言えるのか、巽は一瞬考えては立ち上がり、己の手で笹にくくりつけたのだった。
#ノート小説部3日執筆

#ノート小説部3日執筆
投稿スタートですよー!
[参照]
小林素顔@C105 月-西お14b「厚顔堂」🔞  
#ノート小説部3日執筆 第12回のお題は「七夕」に決まりました! 今回は7月4日(木)の24時間の間での公開を目標としましょう。作品はノートの3000文字に収まるように、ハッシュタグの#ノート小説部3日執筆 のタグを忘れずに! [参照]

#ノート小説部3日執筆 第12回のお題は「七夕」に決まりました! 今回は7月4日(木)の24時間の間での公開を目標としましょう。作品はノートの3000文字に収まるように、ハッシュタグの#ノート小説部3日執筆 のタグを忘れずに! [参照]

小林素顔@C105 月-西お14b「厚顔堂」🔞  
#ノート小説部3日執筆 の第12回を7月1日(月)~7月4日(木)の間で開催します!お題を決める投票をこのノートの投票機能で行います。Misskey.ioノート小説部のDiscordサーバーの参加者に募ったお題と前回から繰り越されたお題あわせて10個のなかから一番人気のものを第12回のお題とし...

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小林素顔@C105 月-西お14b「厚顔堂」🔞  
#ノート小説部3日執筆 第12回のお題は「七夕」に決まりました! 今回は7月4日(木)の24時間の間での公開を目標としましょう。作品はノートの3000文字に収まるように、ハッシュタグの#ノート小説部3日執筆 のタグを忘れずに! [参照]

#ノート小説部3日執筆 お題:真夏日『来週は晴れ』 

『向こう一週間は真夏日となるでしょう』
 お天気お姉さんが朗らかな笑顔でそう言ってのけるのへ、うんざりとしてしまう。まだ六月なのに、気温が三十度を超えるのはさすがに異常だろう。夏と呼ばれる季節になったらどうなるのか、今から不安で仕方がない。
「真夏に北海道に行ったけど、なかなか楽しかったおすなぁ」
 そうしみじみと語るのはベッキーだ。彼は高校卒業したその日に、日本一周の旅に出たことがあり、先に北海道を攻めるルートを取ったらしい。
「北海道、おれ行ったことないなぁ。やっぱ涼しかったと?」
「そらもう涼しかったわぁ。なんならさぶいぐらい」
 最近は北海道も暑いが、ベッキーが周ったときは涼しかったようだ。ミッツが羨ましそうにため息を吐く。
「イギーさんは夏の思い出ってなんかありますか?」
 ボクがそう話しかければ、イギーさんは口を端を上げてみせる。
「やっぱ取引先の人たちと一緒にキャンプでバーベキューしたことかな。これがすっげぇ面白かったんだよ。川でスイカ冷やしたりビール冷やしたりしてさ」
「なんや息が詰まりそうですなぁ」
「おれだったら絶対耐えられない」
 イギーさんの言葉に、ベッキーとミッツが苦い顔をする。ボクももし、先輩方とバーベキューとなったら気を遣ってしまって、少しも楽しめないだろう。
「セタケルはどう? 名古屋とか暑かったんじゃない?」
 すかさずイギーさんが話題を振ってくる。だいたい聞き役に回ってしまうボクを孤立させないような気遣いに、さすが商社で営業成績一位を取っていただけのことはあるなと思った。
「そりゃ暑かったですね。なんで、友達と海に行ってました」
「海か! いいなぁ、俺らも行こうぜ。湘南の海は最高だし、トンボロって知ってる? 潮位が低いときだけ道ができるんだ。だから歩いて江の島まで渡れるんだよ」
 まるで水を得た魚のようにイギーさんは饒舌になる。スマートフォンで藤沢市の公式ホームページを表示して、ここがいいあそこの店のご飯が美味いのだと、プレゼンテーションをする。
「もうすぐ海開きだし、海水浴もできるぜ」
「あー、魅力的やけど、ウチ泳げへんのですよ」
 すこしだけ残念そうにベッキーが言う。彼曰く、最期に泳いだのは小学生のころで、中高はプールがなかったらしい。加えて周りに海がないので、泳ぎに行くこと自体が皆無だったようだ。
 そういえば、先日のバラエティー番組の収録がプールだったが、ベッキーだけ浮き輪を身に着けていたことを思い出す。
「じゃあ、波打ち際で水の掛け合いっこをしようちゃ。おれもそこまで、泳ぎは得意じゃないし」
「嘘をついてかん。真冬の玄界灘に飛びんだことがあるくせに」
 ボクはミッツのしおらしい言葉にすかさずツッコむ。彼が高校生のとき、彼女がいない連中を集めてクリスマスに玄界灘に飛び込んだ、という本当かどうかも怪しいエピソードを忘れてはいない。
 案の定、ミッツは「えへへ」とかわい子ぶったように舌を出したので、ぼすんと肩にパンチをしてやった。
「泳ぐのがダメでも、さっきも言ったトンボロを歩くもの楽しいぜ。美味いもんもあるしさ、男四人で真夏の大冒険をしよう」
「可愛い女の子はいないの?」
「おれがいるっちゃ」
「ウチがおるやないの」
 ボクの軽口にすかさずミッツとベッキーが乗ってくる。それを聞いてイギーさんはゲラゲラと手を叩いて笑った。
「ま、決めんのはリーダーだ。俺は案を出したにすぎねぇしさ」
 スマートフォンをポケットにしまって。イギーさんはテーブルに頬杖をつく。こういうとき、絶対に自分の意見を押し付けるような真似をするほど、鐘崎惟義という男はおろかではない。社会人経験のある最年長者として、リーダーであるボクに決定を委ねる。
 ミッツもベッキーも口ではいろいろ言ってはいるが、本当に嫌がっていないことはボクから見てもよくわかった。
 ボクたち『TEAM-CLOCK』がデビューしてまだ間もない。研修生時代から顔見知りとはいえ、先輩方のように腹を割って話したこともなければ、四人で出かけたこともない。
 だから、イギーさんの提案はとても良いものだ。
「じゃあ、次のオフに行こうか」
 ボクがそう言うと、三人はわざとらしく肩をすくめてから、三者三様の肯定をした。
「あ、てゆーかよ俺、勝手に江の島ってことにしたけど、それでいい?」
 今更になってイギーさんが不安そうにする。
「水族館も近くにあるし、本当に泳ぐのがダメなら、そっちでもいいぜ」
「大丈夫ですよ、イギーさん。ウチ、泳げはしませんけど、浮き輪で浮いとるのは好きなんどす。それに、犬かきぐらいはできますから、気ぃ遣わんでも大丈夫ですえ」
「ありがとう、ベッキー」
 ベッキーのフォローにイギーさんは顔を綻ばせた。
「海水浴もいいけど、おれは水族館行きたいなぁ」
「どうせなら、江の島を観光するもの面白いかもしれんなぁ。ボク、江の島って行ったことにゃーんだわ」
「ほんだら、イギーさんに観光大使になってもらいましょ。頼りにしてますえ」
「なんだよ……なんだよ、お前ら、しょうがねぇーなぁー」
 励ますようにボクらで声をかければ、イギーさんはすっかりご機嫌になる。なんだかんだで、ボクらに頼られると弱いらしい。そこが、イギーさんの愛すべきところだ。
 さっそくボクらはスケジュールを確認して、予定をすり合わせる。
 気温は真夏日とはいえ、まだ梅雨真っ只中だ。天気に合わせてしまっては、意味がない。
「全員が空いてるのは……、こことここか。レッスンもないし……じゃあ、ここにするか。なんなら一泊してもいいな。この近くに俺のダチがやってるホテルあるから、そこで泊まるか」
 誰よりも張り切っているイギーさんのおかげで、日帰りのはずが一泊二日の旅行になってしまった。スマートフォンとスケジュール帳を交互に見ながら、イギーさんは実に楽しそうである。
 そんなイギーさんに、ボクたちはあれもしたいこれもしたいと希望を出す。
 一見すると無茶に思われるスケジュールも、彼の手にかかれば、全て上手く行くのだ。
 決行は一週間後の七夕。天気は晴れ。気温は三十度を超えるだろう。
 まさに絶好の真夏日である。

#ノート小説部3日執筆 『夏の暑さと、ご近所と』 

今は夏。猫も杓子も人間も、合成半獣も、湿度と日射に咽び泣く時期だ。
※合成半獣 人間と動物を掛け合わせた人工生命。
まして、直射日光で熱されたアスファルトの上では、なおのこと。そんな気温計が人間の体温くらいを指している中、二匹の蛇の合成半獣が歩いている。

「あづ……こりゃ外回りツラいっスね」
青い
海棘蛇(かいきょくじゃ)の青年がぼやいた。
※海棘蛇 台湾近海で目撃されたUMA。
腕まで生えている鱗を隠すため、普段は厚手のジャケットを羽織っているが、今はそれを腰巻きにしている。

「ん、もしかして今って暑い?」
隣をスタスタ歩く蛇が意外そうに言った。
見かけは青い方より少し背が低い程度。こちらは赤色の長袖パーカーを、いつも通りに着ている。いつも通りでないとすれば、ジッパーを閉めているところくらいである。

「もしかしなくても、っスよ。兄さんは汗かけないんスから、もうちょっと涼しい格好を――というかせめて前開けてください」
青蛇は軽く屈んで“兄さん”と呼んだ蛇のパーカーに手を伸ばした。そして払いのけられた。

見かけや詳細はさておきとして、基本的に合成半獣は、人間とそう変わらない。ヒトのように汗をかいて体温調節もできる。
ただ、人間とそう変わらず、例外というものも存在する。世の中に汗のかけない人間がいれば、当然、汗のかけない合成半獣もいる。
汗がかけない場合、熱中症のリスクがグンと跳ね上がる。ただでさえ暑いのに身体を冷やす手段が潰れているからだ。

とまあ、他者より暑さで倒れやすいにもかかわらず、兄貴分の蛇は暑い格好をしている。それを弟分の青蛇がなんとかしようとしている状況なわけだ。
「熱こもるんで脱ぐなり開けるなりしてください」
「嫌だぁ、日焼け止めしてねぇし」
「それはシンプル自業自得です」
「それに、どーせ室内は寒いんだから、こんくらいでいいんだよ」
「その前に外でへばったらどうするんスか」
「がんばる」
「ダメです。無理です。無理でした。へばった事あるので分かります」
「経験者にそこまで言われちゃ、しゃあねぇか」
結果、青蛇は兄貴蛇のパーカーを脱がせることに成功した。パーカーは兄貴蛇の腰に粗雑に巻かれる。
「どーだい、お揃いだぞ」
「そっすね」
「んだよ、しょっぺぇな」
涼しい顔で会話を流す。いつものことだ。どちらも表情筋がロクに動かないのでそう見えるだけでもある。

――
“外回り”とは言うが、やる事は近所付き合いの延長線だ。出会った近隣住民と世間話をして、何か問題があれば解決の手配をする。何もなければ、それはそれでとても良い事だ。
「相互助力、相互監視。それがこの町のルール。って、住んでっから判るよな」
改めて、兄さんには似合わない言葉だな、と青蛇は思った。
同じ組織に属していた頃から、頼んでいないのに手伝いに来たり、何も言ってないのに情報を持ってきたりされていた。勝手に他者へ世話を焼いて、自分への見返りを求めない姿勢は、少なくとも“相互”ではない。

だが最近は少し落ち着いてきた。ほんの少しだが、他人と協力ができるのはいい事だ。
こうして誰かを誘って一緒に行動することも、協力の一環だ。そして、本来なら地主が行うべき外回りの仕事をしていることも、協力を築くにあたってはとてもいい事だ。

「あら坊っちゃん、暑い中ご苦労さまねぇ。お茶でも飲むかい?」
声をかけたのはスナギツネの老婆だ。道端にパラソルと出店を広げ、アイスや飲み物を売っている。

「こんちわウメさん。お茶頂いてくよ、ありがとね」
「そこのお兄ちゃんもどうだい?」
「あざっす」
クーラーボックスでキンキンに冷えたペットボトルの麦茶を嗜みながら、兄貴分は老婆と話を始めた。
「そうそう、来週夏祭りだけど、ウメさんは屋台やる?」
「そうさねぇ。今年は娘たちも帰ってくるし、出てみようかねぇ」
「あれ、サクラ姉さん帰ってくるんだ。
地主(かあちゃん)が久しぶりに顔見たいって言いそう」
「あらあら、あらかじめそう言っておこうかねぇ。孫も生まれたことだし」
「いいねぇ、いくつ?」
「もう1歳になるのよぉ。写真で見てるんだけどかわいいのなんのって」

老婆と兄貴が話しているのを、青蛇はなんとなしに聞いている。もとより、自分が話すよりも他者の会話を聴くのが好きな性分なのだ。
ぐっとボトルを
呷(あお)って、ぐるりと町を見渡す。
通り慣れていない道のせいか、住んでいる町のはずなのに知らない場所に見える。遠い建物は陽炎で歪み、ふと地面を見れば逃げ水が泳いでいる。

「……暑いっスね」
青蛇は独り言を漏らしたことに時間差で気付いて、二人の方を見た。
「そうねぇ、今日は35度くらいになるらしいわねぇ」
老婆は尻尾と耳をぱたぱた振って答えた。日よけのほっかむりで顔色は伺えないが、声色は穏やかだ。

「暑い日はアイスがいいわよぉ。今ならひとつ200円さねぇ」
そう言って、老婆はアイスの用意をする。商魂もあるだろうが、親切心が大半だろう。
「いいねぇ、何味があるの?」
「赤いコレはいちご味。黄色はレモンで、青はラムネ味。それで……、これはハッカ味よぉ」
兄貴蛇はくるりと振り返る。
「ハッカって何だっけ。どういうやつ?」

青蛇は解答に困る。どんな味かと訊かれて、即座に解答できるような風味ではない。おそらく主観で答えてしまっていいだろうが、『おいしいやつ』と答えて、それが口に合わなかった場合はどうしようもない。
「……冷たいやつです」
「そらそうだろ。アイスなんだから」
辛うじて捻り出した答えを一蹴された。それはそうだが、そうではない。だがそれを説明するには、時間と語彙が少なすぎる。こんな調子だから、青蛇は自発的な会話が苦手なのだ。

「まぁまぁ、冷たいやつには変わらないからねぇ。そんなに気になるなら食べてみたら?」
うまいこと老婆にまとめられた。
「じゃそれで。お前は?」
「オレも同じのを」
「はい、まいどありぃ」
お代を受け取って、老婆はにっかり微笑んだ。

――
「んじゃウメさん、オレたちそろそろ行くね」
老婆からアイスを受け取ってから、兄貴蛇は言った。
「暑いからねぇ、お二人さんも気をつけてねぇ」
手を振る老婆に会釈をしつつ、二人は離れていく。

青蛇は早速、片手に持ったアイスに食いついた。
キレイな花型に盛られた青緑色のアイスはしゃりしゃりと爽やかで、どちらかというとジェラートやソルベに近い。ハッカ独特の清涼感と、アイスの冷たさが相まって、口元だけでも暑さを吹き飛ばしてくれる。

「――美味い」
「だろ。ウメさんのアイスは絶品なんだよ」
兄貴蛇は得意げに言って、同じ色のアイスを頬張る。彼は温度知覚が苦手なので、暑い気温も、アイスが冷たいこともあまり理解していない。
「いうほど冷たくねぇな。こういうもん?」
そして当然というべきか、ハッカの清涼感も理解していない。

ピーカン晴れの昼空の下、二匹の蛇がご近所巡り。片手にアイス、もう片手に麦茶のボトルを抱えて、涼しい顔で歩いていく。

#ノート小説部3日執筆 お題:真夏日。ニンゲン、暑いのしんどい無理。昔の夏の情緒はどこに行った… 

「お嬢さあ……その冬服はそろそろ暑苦しいんじゃないの? 気温とか関係ないっていうのは知ってるけどさあ。見た感じが」
 そういう青年も気温に左右される作りはしていないけれど、涼し気な夏服を纏っている。彼曰く、「気温を感じなくても季節感は大事でしょ」である。
「女の子なんだからさ、大事にしようよ、季節感」
 青年が忘れられたビルの一室でそんなことを言うと、彼女は返事もしないままふいと隣の部屋に消えていった。どこかに行ってしまったわけではないことは気配でわかる。口うるさくして拗ねてしまっただろうかと、青年は彼女の真意を図り切れないでいた。
 彼女の言葉は少なくて、表情もほとんど変えない。それでも、青年は彼女ともうずっと一緒にいるのに、まだ彼女の逆鱗を知らない。時々、拗ねてしまって少しの間青年を困らせるように姿を消す。
 しばらくして戻ってきた彼女は黒い冬の制服から白の涼し気な夏の制服を身に着けていた。
「これないらいい?」
「うん。いい。お嬢さ、ちょっとこっち来て」
 青年はほっと笑って、ソファの隣を叩く。彼女はその仕草を見てから、無言で青年の座るソファまで来てすとんと腰を下ろした。
「知ってる? まだ六月だってのに真夏日になったんだってよ。ちょっと前ならありえないくらいに毎年夏の気温が上がっているって」
「……どうりで、虫の鳴き声が早い……」
「なあ? 夏ってもっと風情があったよなあ」
 そんなことを言いながら、青年は隣に座った彼女の向きを変えて長く背中に落ちる黒髪を手櫛で整えた。するすると指通りのいい髪はひとつも絡まない。
「髪、下ろしたままだったら暑苦しいよ」
「暑くはない」
「知ってる。でも結ってたら、首筋に風が触れるよ」
 彼女が止めないから、青年は彼女の髪を手櫛で整えてポケットからいつか遠い昔に与えられた結い紐で結い上げて固く結んでから蝶々結びにして髪の先に唇を落とした。
「お嬢がくれた結い紐で結んだから、なくさないで」
 掬い上げた彼女の髪先を離して青年は呟いた。結い紐の房が彼の前でほんの少し揺れている。青年が揺れる結い紐を何とはなしに見詰めていると、彼女が振り向いて彼の手を取って立ち上がった。
「かき氷」
 突然言った彼女の言葉に青年はうっかりぽかんとしてしまった。彼女の言葉が唐突なのはいつものことなのだが、結い上げた髪の向こうの項にでも見惚れたかと苦笑した。
「うん、かき氷が?」
「食べに行こう。もう真夏日なんでしょ?」
 きゅ、と握られた手。白い夏の制服と普段とは違う結い上げた長い髪。それはそれで充分夏らしいけれど、季節が先取りのようにもう真夏日だから、どうせならもう夏らしいことをささやかに。
「行こっか。お嬢好きだねえ、かき氷。イチゴのやつ?」
「うん」
「どれくらい前からだっけ、夏にかき氷食べるようになったの」
「忘れた。でも、そんなに前じゃないわ」
 先に歩き出した彼女の後を追って、隣に並んで青年はふと笑う。そんなことも忘れてしまうくらい、長く隣にいる。例えば青年が彼女の髪に結った結び紐がどこかへ行ってしまっても、青年はそんなに落胆しない。物は物でしかない。いつかは形を失う。
 ただ、繋ぐ手だけなくならなければいい。
 古いビルの外に出ると、生暖かい風が吹いていて彼女の結い上げた髪がたなびいた。
「首に風が吹くの、慣れない」
「夏の間だけ、慣れないこともいいんじゃん?」
 片手で首を抑える彼女に青年は笑った。彼女の長い髪を結い上げたのは確かに初めてで、彼女には慣れないことかもしれない。こんなに長く存在していてもまだ慣れないことなどあるのかと、青年はおかしくなってしまった。
「お嬢、今年はさ、髪結うだけじゃなくて普段しないようなことしよっか」
「どんなこと?」
 彼女は青年を見上げて首を傾げる。普段より大きく結い上げた髪がさらりと揺れた。
「んー……水遊びとか?」
「人のいないところなら、いいよ」
 ふと思いついたことを口にした青年だったが、彼女は普段の無表情のまま条件付きで了承した。珍しいこともあるんだなと青年が驚いていると、手が引っ張られた。
「でも今日はまずかき氷」
 また一歩先に行って青年を振り返った彼女は笑っているように見えた。一年の数か月しか見ない彼女の白い夏服のせいか、見慣れない結い上げた髪のせいか、表情をめったに変えない彼女が青年にはそう見えた。見た目年相応の、無邪気な少女のように。
「はいはい。どこでもお供しますよ」
 そんなことが不思議に嬉しく思えて青年は笑って彼女に追い付いた。
 夏が毎年早く、長くなっていくというのも悪くないかもしれないと、そんなことを考えながら。

#ノート小説部3日執筆 お題【真夏日】 

ようやく登場人物の名前を決めました​:blobthumbsup:

「温度差」



「……甘く見てたな……」
 高層マンションの窓を開けて、熱風を直に浴びた男は顔をしかめて呟いた。
「当たり前だろ」
 早く閉めろ、とマンションの部屋の主は呆れたように言った。
「……お前の住んでいた山村とはわけが違うんだ」
 東京の初めての夏を迎え、窓を閉めた男―|高登谷 室賀《タカトヤ ムロガ》―は、うんざりした表情で戻ってくる。
「……おれ、ここで生きていけるのか……?」
「……だからクーラーがあるんだろうが」
 そう言って部屋の主である|眞壁 一朗太《マカベ イチロウタ》は、クーラーのリモコンを手にした。
「夜も気温が下がらないってどういうことだよ……」
「東京はそういうところだ」
 諦めろ、と項垂れている室賀を一瞥し、眞壁は容赦なく室温設定を下げた。人工的な冷気が2人に降りかかる。
「眞壁、設定温度を下げすぎてないか? おれはこういうなんか異様に冷たい風には慣れてないんだ」
「お前の体感温度に合わせたら俺が生きていけない。寒かったら着込め」
 偉そうに、と恨みがましい視線を送り、室賀は極寒の部屋から出ていくと寝室からブランケットを抱えて戻ってくる。ソファの上でそれに包まり、大きくため息をついた。
「夏季休暇に入ったら実家に帰らせていただきますので」
「……ちゃんと戻ってくるんだろうな」
「……そりゃ戻るけど」
 ならいい、と眞壁は頷いてみせる。しかし室賀のどこかはっきりしない態度に対し、訝しげに片眉を動かした。
「何を気にしている?」
「……実家にはアパートに強盗が入って放火されて住めなくなった、というのは言ってないんだけど、野菜の仕送り先についてはここの住所を伝えるしかなくて」
「定期的に届くあれはお前の実家からだったのか」
「…安アパートからこの高級マンションだろ? 名前からして高級マンション感あったし、どういうことだって説明を求められたけど全部は言ってなくて……アパートのトラブルが解決するまで上司の家に世話になってると言うしかなかったんだ」
 嘘は言っていない、と室賀は言うが、本当の事も言ってないだろ、と眞壁は思う。
「そんなもんで両親から、ぜひ上司の方に直接お礼を言わなければならないから連れてきなさい、と言われているわけだよ……」
 それを聞き、眞壁は腕を組み少し考える。他者の家に行くなど面倒だし気を使って疲れるだけかもしれないが、室賀の生まれ育った地を訪れることができるなら行ってみたい、という好奇心も首をもたげてくる。それに夏の東京という灼熱のコンクリートジャングルからも抜け出せるのだから、行かないという選択肢は消え去った。
「…別に俺は構わない。そういうことであれば、俺からもしっかり挨拶するべきだろう。質の良い食材を送ってもらっているわけだし」
「…アンタがそう言ってくれるなら、じゃあそれで」
 両親にはその旨伝えておく、と言い、ふと何かに気が付いたように動きを止める。眞壁が声を掛けると、室賀はぎこちなく首を動かして彼を見る。
「……なぁ、まさかとは思うけど、前世でうちの家族の誰かと遭遇したりしてないよな……?」
「……記憶にございません」
「覚えてないだけで、会った拍子に記憶が蘇っちゃったりしないよな……?」
 おれたちの時みたいに、と言っても眞壁は、なんとも言いようがございません、と棒読みするだけだった。
「……蘇ったら、何か問題が?」
「……アンタのことだからもし接点あったら恨み買ってたりしてそうだし、一悶着を起こしてなかったらいいなって思っただけ」
「……否定できない」
「……でも、一応……ついてきてはくれるんだよな……?」
「あぁ、それはそのつもりだ」
 その応えを聞き、実家にはその予定で連絡入れとく、と言って室賀は手早くメッセージを送信した。



 しかし二人が訪れたことで室賀の2人の兄、両方とも前世の記憶が蘇ってしまい、更に眞壁に殺されかけたこともあって、あの時の仕返しと木刀で脳天唐竹割りをされそうになったのはまた別の話である。

#ノート小説部3日執筆 の第12回を7月1日(月)~7月4日(木)の間で開催します!お題を決める投票をこのノートの投票機能で行います。Misskey.ioノート小説部のDiscordサーバーの参加者に募ったお題と前回から繰り越されたお題あわせて10個のなかから一番人気のものを第12回のお題とします。今回は7月4日(木)の24時間の間に公開する運びにしましょう。順位はつけません。一次創作・二次創作問いません。R18作品は冒頭に注記をお願いします。よその子を出したい場合の先方への意思確認とトラブル解決はご自身でお願いします。皆さんの既に作っているシリーズの作品として書いても構いません。ノートに書き込むことを原則としつつ、テキスト画像付きも挿絵つきも可です。.ioサーバーに限らず他鯖からの参加者さまも歓迎いたします。それでは投票よろしくお願いします!

#ノート小説部3日執筆 お題:真夏日 

「真夏……日?」
「最高気温が30℃以上の日を真夏日っていうんだって」
「へえ……」
 リコネアはエアーコンディショナーを35℃に上げる。セラはけげんな目をしてそれを見た。
「35℃以上で猛暑日」
「40℃以上は?」
「うーんと……ニッポンではあまりなかったみたい」
「そう」
「トーキョーは湿度が60〜70%。75%を超えることもあったそうよ」
 ピッとエアコンをいじって湿度を上げた。むわっとした風がふきでてくる。
「75%なんて気持ち悪い」
「いいじゃない。これが『夏』なのよ」
 リコネアは白い壁一面に、青い空を映し出した。すこし白っぽい空に、もくもくとした雲が広がっている。
「これがニュードー雲。かわいいわね!」
「ニュードー……ええと、ブッキョートの?」
「そう! 頭がツルツルのアレよ」
「ボーズね」
 強い日差しが映し出され、入道雲のてっぺんを真っ白に照らす。
「ミュージック、スタート!」
 ミーンミンミン……ジワジワジワジワ……。
「これはセミの声。声と言っても鳴いてるわけではなくて」
「スズムシと同じだったかしら」
「そう。羽を震わせて音を出すみたい」
「変な生態」
「そうかも」
 笑うと、ちょうどよくチリーンとなった。これは風鈴の音。だんだん温度も湿度も上がってきたようだ。
「セラ、お水よ!」
「うわ、こんなに。もったいない」
「調温服なんて脱いじゃえ!」
「ええ……」
 下着姿になると、暑さにぶわっと汗が吹き出した。べたべたと汗が肌に張りついている。エアコンの風さえもじんわりと蒸し暑い。
「なにこれ、あっつ……」
「夏だねー」
 パシャンとタライの水に足を浸す。パシャっと水が跳ねる。肌についた水が玉になって落ちていく。やっと皮膚温が下がり、「涼しい」という感覚が得られてリコネアは笑った。
「スイカは高くて買えなかったなあ」
「ええと、ウリだっけ」
「そう。真っ赤で甘いウリ」
「真っ赤で甘い……イチゴみたいな?」
「うーん、水々しくてさっぱりしてるっていうけど」
「こんなに暑くてじめじめなら、そのほうがいいかも」
「そうだ。ヒマワリも出そう」
 パネルで検索して、入道雲の下に黄色の花を咲かせる。背が高いヒマワリの鮮やかな黄色が日光にまぶしく、太陽がいくつもあるような錯覚を起こさせた。
「これが夏!」
「はあ、もうあっつー……ねえ、重力増えてない?」
「しんどくなる暑さだね!」
 ぐったりとしているセラに対して、リコネアは嬉しそうにはしゃいでいる。なら、まあいいかとセラは水を掬ってリコネアにかけた。小さい子供のようにリコネアは水をかけかえしてきた。ああ、もったいない。でも気持ちいい。
「プールに入ってみたいなあ」
 リコネアはタライの中でパシャパシャと小さくバタ足をして言った。チャプチャプと水が揺れるだけだ。
「大きなプールにバシャーンって飛び込んで、浮き輪で漂うの」
「気持ちよさそうね」
「気持ちいいよ、絶対。そして、かき氷を食べるんだ」
「ふふ。この暑さなら氷がおいしいでしょうね」

 そんなことを言っているうちに、だんだん陽が沈んできて夕焼けになった。赤とオレンジの光が雲に反射している。今度は夕立ちのデータも入れておきたい。
「夏休みも、もう少しで終わりね」
「夏らしくて良かったでしょ」
「私はこんな暑さがなくて良かったって思うけど」
「たまにはいいじゃない」
「それもそうか」
 セミの声が聞こえなくなった頃、暗くなった空にドンと花火が上がった。色とりどりの火が開いてゆっくり落ちてくる。
「せっかく自由研究なんだから、実際に体験してみたいじゃない。地球の夏」
「まあ、地球文学を読むには必要な経験か」
 そうそうとリコネアは花火を見上げる。熱のない平面的な花火だ。それでも地球の日本の夏に少し近づけた気がして、リコネアはにんまりと笑った。
「いつかスイカ食べたいな」

#ノート小説部3日執筆 スイカが食べたいのじゃねぇ……お題:真夏日 

蝉の鳴き声が耳にぴったりと張り付き、眩い日差しがじりじりと地面を焼く。
こんな日は、どうにもスイカが恋しくなる。

縁側に座って、扇風機の風を頼りにして――
甲子園の中継から運ばれてくる熱気を横目に、スイカを食べる。

皿の上にのったスイカは、三日月のように切り出された新物だ。

青緑と黒の縞模様、果肉の鮮やかな赤色。
無数の黒い種のアクセントは、まるで星空のようであり――
午後三時、熱気は頂点に達するなか、吟味の時間は終わりを告げた。

両手で一口、指先に冷たさがしみ込むほど冷え切ったスイカにむしゃぶりつく。

シャリシャリとした食感を口に含めば
他の果物と比べると自然な甘さと香りが広がり、溢れんばかりの果汁がほとばしる。

スイカの良さは、この果汁の多さと後味の良さだ。

スイカの繊維が細かく砕け――
口の端から「ぽたり」と果汁がこぼれ落ちる。

特有のスイカ味が口の中で踊り、喉を湿らせると同時に
身体全体がゆるやかな涼しさで包まれ、自然に熱が引いていくのを感じる。
そして、スイカの果肉を嚥下すれば、甘みはすっと消えて清涼感と共に、次の一口が恋しくなる。

もう一口、また一口とスイカにしゃぶりつく。
酸味の少ない果汁の甘さを感じ、黒い種を地面に吐き出しながら――
時折縁側を吹き抜ける夏の風が、汗ばむ首筋を撫でるのを感じるのが良い。

そうして、緑と白のコントラストになるまで完食したスイカは、別に飽きてしまっても構わない。

また来年、同じような景色に帰ってきたとき、あの真っ赤な果肉が恋しくなるくらいが、ちょうどいい。

#ノート小説部3日執筆 お題:真夏日 

蒔田慎一は新橋駅烏森口を出て新橋仲通りを虎ノ門方面に向かって歩いていた。顎をつーっと汗が伝うたび、片手に持ったままにしているハンカチで拭う。

スラックスにワイシャツ姿で一応クールビズの出で立ちだが全然涼しくない。そもそもクールビズが始まった頃とは気温が違うのだ。学生時代の友達がIT系の仕事をしており、夏場はもっぱら短パンサンダルだという話を聞くたびに、営業職などに就いてしまったことを後悔したりもするが、もはや後戻りの利く歳でもなくなってしまった。

新橋は汐留エリアと烏森エリアではだいぶ雰囲気が異なり、今慎一が歩いている新橋仲通りは昔ながらの、あまり整ったとはいい難いがなんとなく味のある下町然とした通りで、小さい居酒屋や食事処がいくつもあるが、残念ながら昼前の今の時間では居酒屋は大抵シャッターが降りている。

今日の訪問先はこの奥にある雑居ビルに入った小さな企業で、ここで契約が取れれば今月のノルマを達成できるとあって、気合を入れて会社を出た。
出たのだが、この通りのとんでもない暑さで、一歩ごとにやる気が萎んでいくのが自分でもよくわかる。
タクシーにでも乗って近くまで行きたいところだが、今回ノルマを達成したところで給料が上がるかといえばそんなこともなく、自腹を切る気は起きない。

そんなわけで駅につくまでは軽かった足取りも、SL広場を抜けて通りに入る頃にはすっかり重くなってしまった。

まだ商談までは時間があるので、いっそのこと先にお昼ご飯を食べてしまおうか。
本当は商談を終えてから食べる予定でスケジュールを組んでいたが、店に入れば涼しいし、今の時間帯なら混んでいない気もする。これは我ながら機転が利いているぞ、と早速近くにいくつか見えている店を眺めると、蕎麦の文字が目に飛び込んできた。
こんな暑い日は冷たいものを食べたい。ざるそばは今日という日にぴったりなのでは、と思えてきて、すぐにお店に入る。一度こうと思えば躊躇わないのがいいところだと自負している。

店に入るとメニューの札が壁面にぶら下げてあった。蕎麦の文字を見た時点でざるそばは決まっている。

他になにか頼むか。

見ると、いくつか天ぷらがあるようで、これをひとつ付けようという気になった。
結局、ざるそばと芝海老のかき揚げを注文した。

待っている間に店内を見渡すと、まだ11時台だというのにすでに席は埋まっていて、これは期待できるぞと、先程自分が下した決断の正しさを証明するようでほくほくする。

しばらくするとそばと芝海老のかき揚げが運ばれてきた。

かき揚げの厚さも申し分なし。
早速まずはかき揚げに箸を入れて半分に分けると、ざくっと揚げたてのいい音が響く。
天ぷらの下に敷かれた天紙というのは発明だと思う。天ぷらを切り分けるときにこの天紙に擦れて、ただ天ぷらをざくっとやる音と天紙の音が混ざって、さぁこれからこれを食うぞという高揚感を与えてくれる。言うなれば荘厳なファンファーレである。

本来であれば先にそばを食べた方がいいのかもしれない。油が口につけば蕎麦の味を阻害する可能性はありそうだ。しかしそんなことはどうでもよくなるほど、肉厚なかき揚げというのは暴力的な出で立ちなのだ。
実際に見たことはないので有名な漫画の美食家に知識のなさを謝りつつ、つゆにかき揚げを軽く付けて口に運ぶ。

噛んだ瞬間にまずざくざくとした揚げ物の感触。揚げ加減も申し分なく、揚げ過ぎれば厚さゆえに硬くも感じるところであるが、このかき揚げは歯ですっと解けてゆき、引っ掛かりを殆ど感じない。口に広がる海老の香りと、いい油で今揚げたものだからこそくどくない油の味が口いっぱいに広がる。

これは、美味いぞ。

二口、三口とどんどん胃の中に収まっていく。

次は蕎麦だ。

かき揚げで分かる通り、食に詳しいわけでもなければ、マナーにも疎い方だ。昨日の食事は朝からシリアル、ハンバーガー、コンビニのおつまみという有り様だった。しかしそれでも、とりあえずテレビで芸能人がよくやるお作法に従って、最初の一口はそばつゆを付けずに食す。

うん、わからん。

所詮俺の舌はそば本来の良し悪しがわかるようにはできていない。とはいえ、たぶんこれがそば本来の香りということなのだろうな、という香りを感じることはできた。
次の一口はそばつゆに軽くくぐらせてからずずっと一息で啜る。

美味い。そばの美味さはあまりわからなくても、まずつゆが家で食べるやつとは全く違う。これがコクというやつなんだろう、濃厚なのにくどくない。このつゆはどこかで買えるのか。買えるなら買って帰って毎日そばを食ってもいいぐらいだ。

気がつけば体感で1分もかからずに完食していた。

最後に水を一口飲んで立ち上がると、今日の商談は勝ったも同然だなという気持ちになった。なにせ今日の俺は急な機転で昼飯を早め、この店を見つけられたのだ、全部がいい方に行く一日に違いない。

意気揚々と外に出て、再び新橋仲通りを虎ノ門方面に向かって歩く。

大通りに交差するところに信号があって、赤信号を立って待っていると、再び汗が顎を伝った。
大失態だ。昼飯を食べている間に気温は今日のピークに達し、足は新橋駅に降り立ったときの三倍ほども重くなっているに違いなかった。

#ノート小説部3日執筆 お題「真夏日」 

タイトル「太陽神」

「太陽神を崇めよ」

 太陽は、朝になると東から昇り、夜になると西へ沈んでいく。死と再生を繰り返す神。それがどうしたことか。天上から動くことなく、永遠を生きる神となった。死生は崩壊した。

「太陽神を崇めよ」

 邪魔する雲はいなくなった。なんということか。億を超える耳と目を持ち、地上の全てを見通す神となった。司法を持って全ての悪行を暴き、罪人はその身を焼かれ地面と化した。

「太陽神を崇めよ」

 太陽は狂った。農作物はその恵みを受け止めきれず、病は散るどころか塊と化し、人々の希望は空へ昇った。

「太陽神を崇めよ」

 ――それは、少々遅い梅雨入りを迎えたころだったか。
 最初から梅雨など存在しなかったかのように雨は薙ぎ払われた。

 アスファルトは煌々と輝き熱を持ち、打ち水は瞬く間に気化し、液体の水であることを拒絶された。
 日差しが肌を撫でた瞬間、傷跡を残した。

 地獄の真夏日が始まった。

  *  *  *

「えー、それでは明日の天気予報を見てまいりましょうか。梅雨前線、そういったものがありましたね。ついこの間まであったんですがね。明日の気温は40℃を超えます。太陽神を崇めましょう」

「あー!!」
 発狂してテレビを消す。

「ちょっと、母さんテレビ見てる途中だったんだけど? リモコン貸しなさい」
「あー、やだ、やだ、聞きたくない」

 リモコンをスッと盗られた。テレビがつく。

「見てください。現在の琵琶湖の様子です。えー現在、約三分の一が干上がったのではないかと言われており――」
「うわー!!」

 耳を塞ぐ。塞いでも聞こえてくる。太陽神を崇めましょう。これを言っておけば太陽にやられることはない。これからどうなるのだろうか。知ったこっちゃない。みんな必死に太陽神を崇めている。

「さあ、みなさん、太陽神を崇めましょう!!」

 何が太陽神だ! 耐えかねて二階にある自分の部屋に引きこもった。

 スマホを手に持つ。

「ど、あっつう!」

 スマホがすごく熱い。持てないので机の上に置いて、慎重に操作する。友達へグループ通話をした。

「なあ、みんな聞いてくれ」
『なんだ、モトムラ。こっちは暑くて発狂しそうなんだ』
『同じく。頭が回らん』

「なあ、タケダ、シシド、太陽神をどうにかしよう」
『太陽神を? どうって、何するんだよ』

「シシド、お前の父ちゃん、民俗学者だろ? 何か知らないか?」
『はー? 専門外だよ』

「タケダは? お前の姉ちゃんオカルト好きだろ?」
『俺の姉貴なら、今太陽神を崇めている最中だよ』

「ぎゃー! 発狂する!!」

『モトムラ、心中お察しします』
『右? 左? 上下に同じく』

「これから、シシドんち行こう」
『何で俺んちなんだよ』
「何でもいい、何でもいいから手がかりが欲しいの! タケダも来いよ」

『うぇー、俺ちょっと今日体調悪くってぇー』
「タケダ!」
『わかったよ、行くよ』

『マジで来るのかよ。今日親父帰ってこないぞ』
「いい、何でもいい。とにかく行動してなくちゃ気が狂う」
『あっそ。気を付けて来いよ』

 通話を切る。適当に準備して階段を下りる。

「母さん、ちょっとシシドんち出かけてくるわ」
「はーい。暗くなる前に、いや暗くはならないけど遅くならないでねー」
「ほーい」

 玄関のドアを開ける。熱風が吹き荒れる。
「ギャー! 太陽神を崇めます、崇めてますから!!」

 シシドの家まで必死にチャリを漕ぐ。汗まみれで服はびちょびちょになった。
「へぇ、へぇ、本格的な八月の真夏日でも、こんな、暑く、なら、ないぞ」

 シシドの家についた。タケダのチャリもある。あいつ早いな。

「シシド、タケダ!」
「おう、いらっしゃい。粗茶ですが」
 シシドから、ほとんど氷しか入っていないウーロン茶を渡される。必死に氷をかみ砕き体温を下げる。

「ぜはっ、生き返る」

「お目当ては親父の資料だろ。地下室に資料が腐るほどある。こっちだ」
 少し埃っぽい部屋に通された。気持ち涼しく感じる。

「ざっと見た感じ、資料というか、他の研究者が出した本があった」
 本のタイトルを見る。

『なぜ賽銭を投げるのか?』

 タケダは顔をしかめる。
「知らねー、どうでもいいー。神のことは神に相談しろってか」
「神様関連だとこれしかなかったんだよ」

 俺も同意見。だが。
「何でもいい、何でもいいから、読んでみよう」

『なぜ神社やお寺で賽銭を投げるのか。お金を渡すのに投げるだなんて失礼ですよね。中には静かに入れる方もいらっしゃるでしょうが、たいていの方は賽銭箱に投げ入れます。賽銭を投げる行為にはちゃんとした意味があります。賽銭を投げることで、神様や仏様の注意を引き、祈りや願いが聞き届けられると信じられてきたからです』

 注意……。注意を引いて、祈りや願いを聞いてもらう。

「よし! 小銭を太陽に向けて投げてみよう!」

「モトムラ、お前焼き払われてえのか?」
「もうこれしかないだろ! 大人たち、みんなあきらめた」
 俺はあきらめない。こんなのおかしい。みんな狂ったように太陽神を崇めて、それで何か解決したのか?

 シシドはポケットから小銭を出した。
「ちょうど五円玉、三枚ある」

 稲穂と水と歯車が描かれた小銭。五円とご縁を掛けてよく投げ入れる小銭。太陽神のせいで、稲穂と水と歯車は今にもなくなりそうだ。でもそれは、太陽がないと巡らないものでもある。

「……これを太陽神に投げよう」

「それで何を願うんだ?」
 タケダは恐る恐るといったように聞く。暑いのか、太陽神を恐れているのか、おでこから顎にかけて汗が流れる。

「願いとかじゃなくて、五円玉に描いてあることを伝える」

 シシドとタケダは五円玉をじっくりと見る。
「……なるほどな。そりゃわかりやすくていい」

 俺たち三人は外に出た。二人に言う。
「せーの、でいくぞ」
 二人ともこくりと頷いた。

「せーの!」

「「「あーした、てんきにしておくれ!」」」

 投げた賽銭は瞬いて、どこかへ消えてしまった。

 ――何か聞こえたような気がした。

  *  *  *

「明日の天気予報です。えー久しぶりに見ましたね。梅雨前線は例年より一カ月も遅れて――」

「なんで急に元に戻ったのかしらね」

「さあ? あまりにも、みんなが真夏日を嫌うから怒ったんじゃない?」

 注意を引いて、祈りや願いを聞いてもらう。そうだね、俺たちが太陽神の願いを聞いたよ。

 せっかく人間のために頑張って仕事しているのに、暑いの嫌だとか、台風で休校にしてくれとか人間ってわがままでひどいねー。

自創作(彼方よりきたりて)の現パロ。現パロにした事でキャラの性格が少し変わっているため、何でも許せる方向け。#ノート小説部3日執筆 お題「真夏日」 

じりじりと地面を照りつける太陽。
 ニュースで定期的に「今年一番の真夏日です。熱中症対策を!」の注意喚起が流れるような気温の中、シリウスはうんざりした様子で道を歩いていた。
「お前はホント、暑さに弱いよな」
「この状況で暑さに強い弱いは関係ないでしょう」
 隣を歩くリゲルが苦笑いを浮かべる一方、シリウスは憎々しげに照りつける太陽を見上げる。
「……年々真夏日が増えていくのがホント……そんなやる気出さないで、もうちょっと手を抜いてくれればいいのに……」
「自然に対して無茶を言う……ほら、もう少しで着くから頑張れ」
 ぶつぶつとぼやいているシリウスに苦笑しながらリゲルは道の先にある店に視線を送った。

 暑いのが苦手で外に出たがらないシリウスを連れ出すためにリゲルが持っていった話は「新しく出来たアイスクリーム屋に行こう」だった。チェーン店だが市内に新しく出店したお店でアイスクリームの種類も豊富、トッピングも選べて何回でも楽しめる、というのが売りのお店だ。
 ……シリウスは食べるのが好きで見た目によらず大食漢である。リゲルから話を聞き、暑さのダメージとアイスを天秤にかけて最終的にアイスを選んだのだが──そこまでの道のりが中々にキツい。
 そんな試練を乗り越えて目的の場所にたどり着き。自動ドアをくぐった瞬間に感じる、ひんやりとしたエアコンの空気にシリウスはホッと息を吐いた。リゲルも同じように息をついた後、オープンしたばかりで混み合った店内をぐるりと見回して──それから小さく「あ」と呟きをもらす。
「?」
 リゲルの様子にシリウスは首を傾げて……その視線の先を見て同じように「あ」と声を上げた。
 そこにはテーブル席に腰掛けた少女二人がそれぞれアイスを食べていたのだが……見知った顔の二人だった事から、シリウス達は注文より先にそちらへと向かう。
 
「こんにちは。奇遇ですね」
「え?」
 シリウスからの不意の挨拶に少女二人は顔を上げて。それから「あっ」というような表情で彼らを見た。
「よう、アリアにエルナト。お前達も来てたんだな」
「びっくりしたー……リゲル君達も来てたのね」
 アリアと呼ばれた黒髪の少女は食べる手を止めて微笑みを返す。……その一方、エルナトは少し微妙な表情を浮かべてシリウスを見ていた。
「何を食べてるんです?」
 二人の前にあるガラス容器にはいくつかの丸いアイスが乗せられている。それを見ながら質問したシリウスに対して、アリアが微笑んだまま口を開いた。
「私はバニラとチョコミント。エルナトはレモンシャーベットと抹茶アイス」
「へぇ、美味しそうですねぇ」
「他にもたくさんあるしどれも美味しそうだったから好きなの食べたら良いと思うよ」
「それは楽しみです」
 小さく笑ってそう言った後、シリウスは黙っているエルナトへ視線を落とす。
「じゃ、僕らは行きますね。……また明日、学校で」
「え? ……あ、うん。また明日」
 青年のあっさりとした態度にエルナトは一瞬面食らったように目を瞬かせる。それに微笑みを返してからシリウスは「カウンターに行きましょう」とリゲルに声をかけてその場を離れた。

「……今日は随分とあっさり引いたな」
 ガラスケースの中にあるアイスを見ながら、少し意外そうにリゲルが呟きをもらす。
 ……性格に若干難があるシリウスは一部において問題児で、クラスメイトで学級委員でもあるエルナトと絡む事が多い。端から見ると委員長が問題児に絡まれている構図なのだが、シリウスの人となりを知っている者からすれば彼がエルナトを気に入っているのは一目瞭然だった。
 リゲルの言葉に含まれている意味を理解した上でシリウスは少しだけ笑う。
「流石に休みの日まで委員長として気を張らせたくないので。友達と遊びに来てるんだし、邪魔するのも悪いですからね」
「……その気遣いを学校でもやればもう少し仲良くなれるんじゃないか?」
  ガラスケースに視線を向けたままのシリウスへリゲルが苦笑いを浮かべれば、その相手はフッと笑みをこぼす。
「絡みたい相手に絡める理由があるのに、自分から手放すのって馬鹿みたいじゃないです?」
「……相変わらず拗らせた考え方だなぁ……」
「そういう性分なので」
 さらりと返された言葉にリゲルはやれやれ、というように笑い、自身もガラスケースに視線を戻した。

 ……その後。

「……お前、腹壊さないか……?」
「え? これくらいで壊れたりしませんけど」
 店を出る前に声をかけにきたエルナトが大量に並べられたアイスクリームの山に顔を引きつらせ、シリウスが不思議そうに首を傾げ、その様子をリゲルとアリアが苦笑い混じりに眺める光景があった。

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