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あうんの呼吸が、いつも変わらない、いつの間にかできあがるような「日本語のコミュニケーション特性」として描かれているけど、そうでもないと思う。

「阿吽の呼吸がコミュニケーションの要諦である場合、自分の意思や状況の説明すら不要になってしまい、さらにそれに理由を付すことなど全く無用になってしまうのだ。そのような日本語のコミュニケーション特性から、論理性を持った表現力を身につけられていない日本人が多いと思う」

あうんの呼吸が社会的な上下関係で決まる場合は、意思や状況の説明を禁じる明確なルールが生まれる。でも、人手不足で新人社員が「稀少資源」になれば、それまでの関係がすぐさま逆転したり。


wedge.ismedia.jp/articles/-/28

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