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ある島に行った時のこと。
爆発するように太鼓が打ち鳴らされるのに身体を任せ、いちばん前で踊りまくってた年配の男性にとって、その日がこの太鼓の集団に出くわした初めての日だった。
午前中、島民向けに催されたこの太鼓集団のドキュメンタリー映画上映会で魂を撃ち抜かれ、彼は居ても立ってもいられなくなった。それで午後の演奏にもやってきた。

シンゾウさん、御年78。

夜の打ち上げ会場にシンゾウさんは、パイプを咥えながら後ろに荷台を繋げたトラクタで乗りつけた。この連中になにかを伝えたいという思いがあったに違いない。やはり居ても立ってもいられなくなったのだ。
大好きな酒は飲み過ぎが祟ってか、数年前からハレの日にしか口にしなくなった。だが、この日は彼にとってのハレの日になったのだろう。酒はスルスルとシンゾウさんの胃の中に飲み込まれていった。元来照れ屋らしく酒がないと思いを上手く伝えられないのかも知れない。他の島民も、今日は大目に見てやろうといった温かい目で彼の嬉しそうな表情を見つめている。

· · SubwayTooter · 1 · 0 · 1

「この島は太鼓の島でな。で、昔から多くの名だたる演奏家や演奏集団がやってきちゃあ素晴らしい演奏をやってくれて、俺はそれをたくさんたくさん見てきたんだよ。でも上手いなあ、で、演奏が終わったらはい終わり。そこまでって感じだった、あんたたちの演奏はさ、はっきりいやあ上手くねえ。けどさ、なんていうかすげえ良かったんだよ。身体がじっとしてられねえ、突き動かされるなんかがそこにあったんだ。俺はあんたたちが大好きだ」

翌日、島を離れる準備のさなか、集団のリーダーが僕に話しかけてきた。
「なあしんのすけ、俺さ、あんな事言われてすげえ嬉しかったなあ。ああいうのぐっときちゃうよ。でもシンゾウさんが言ってた『なんか』ってなんなんだろうな。俺達のこと言ってくれてんだけど、それがなんなのかってのは、俺達自身にはわかんねえんだよ」

突き動かされたんだ、大好きだ、と今まさに体験したことへの思いを、78歳な人生の先輩が伝えるさまを目にすることができた。それを与えた人がぐっと来る姿も目の前で見ることができた。僕は最高な気分でいた。

「それこそ僕やリーダーが人生で大事にしてきて、常にそれに従ってきたやつじゃないですか。『衝動』ですよね、これ」
「そうか。そうだよな、衝動だよな。自分たちがそんな側になれるだなんて思いもしてこなかったから、わかんなかったのかな。本当に嬉しいよ」

衝動そのものを説明するのはすごく難しい。

だけど、自分がなにかに突き動かされてのめり込んでいるかを自覚することはできる。そしてあとになってようやく気づく。ああ、これが衝動ってやつか、と。
その衝動ってやつが大なり小なりあって興味や関心が始まるのだ。それのない興味や関心なんて、てんでお話にならないと思う。
結構な数の人が、衝動もなしになにかに興味のあるふりをする。それを知ってないと恥ずかしいだとか、多くの人が評価してるからだとか。馬鹿馬鹿しい。
そんな理由とはいえ、それをきっかけになにかを手に取るのはいい。きっかけなんてなんでもいいからだ。だが、衝動が起きなければそれらは手から溢れていく。
みんな自分の衝動を再確認したらいいと思う。それ以外なんて要らないし捨てていいよ。そして自分の衝動に胸を張っていればいい。

太鼓の集団は、またいつかこの島にやってきて、シンゾウさんのために太鼓を打ち鳴らすだろう。その時最前で嬉しそうに踊りまくるシンゾウさんが目に浮かぶ。

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