フォロー

ある高名な論者の見解として、《生成AIが普及するとはつまり真実と嘘が入り混じる世界になるということだけど、人類はそもそも長いあいだそういう世界で生きてきた。ついこの間まで写真も録音もなかった。みな記憶で話していた。それでも人類はきちんと秩序を作ってきたわけで、そんなに恐怖を覚えることではないと思う。写真や録音など「エビデンス」を出せば真実が確定する、というこの数十年技術が未熟なために逆に強くなっていた単純な思い込みが失効するだけの話》、なのだという。

この論者が実に歴史を苦手としているのが如実であるが、文献はおしなべて「記憶」に含まれる、エクリチュールとは「エビデンス」に非ず、「記憶」の一環なのであるという立場だと解せば、まずは一貫している。しかし現実に歴史はそのようなものではないし、現行の法制だってそうはなっていない(仮にもそうであれば大混乱に陥る)。

哲学者ジャック・デリダであっても「アルシーヴ」について思考し、「出来事」「日付」の問題について問うていたのである。歴史に興味を失うとはこのような事態かと、改めて実感されるところがある。

ログインして会話に参加
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。