差別する奴には馬鹿って言いたいしクソ野郎って罵りたい
同じ土俵に乗るなみたいなのもさ〜差別に差別を返したらそうだけど(そしてそれはすべきでない)、罵倒を返すのは違くない?と思うし、仮にそうだとしても土俵上で既にヘイトを撒き散らす奴がいるならはっ倒してでも(比喩)そいつを引き摺り下ろして黙らせる責任が社会やマジョリティにはあるとも思う
リベラル…なのかは知らんけど、Twitterにいる"賢い人"のこの種の「冷静さ」や「理性」、つくづく冷酷だと思う
ヘイト本出版中止は言論の自由の面でうんぬんかぬんと同じ臭いがする
そこに生きている人間を透明化する冷たさ