大型で非常に強い台風18号 3日から4日、暴風域伴い沖縄地方に接近する恐れ【1日午前3時現在】
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1444552
#okinawatimes
〈社説〉ヘイトのデマ 遠くで起きた話ではない|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024091900081
その名前のもとにひとまとめにされて「踏まれる」なら、元々の、それぞれの呼び名に戻って、大切にされてほしいとも思う(これも横暴、そもそも差別しなければいいのだから)。
ざっくりと強いてまとめて「神道」という呼び名を用いる時、所謂「国家神道」という政治利用の過ちがどうしても切り離したがたく存在する、その切り分けが自分の中でうまくできていない。
李琴峰氏のthreadsの投稿の引用及びそれへの私の考え
李琴峰氏がthreadsで神道LGBTQ+連絡会などとともに私のアカウント名を出してなにやら言っているらしいとの情報を得てチェックしてみたのですが、私はthreadsはやっていないのでMastdonにて私の考えを述べます。
李氏はここで、こぼねさんや神道LGBTQ+連絡会による異議申し立て・批判について、
『(かなり偏った)神道的な見解に基づき』
と、
「神道の正統派?主流派?の見解を私は理解しておりこぼねさんらの神道についての見解はかなり偏っている」
というような(私からするととんでもないようなことを)言っているような、あるいは、
「(こぼねさんらの神道についての理解は正統なんだろうがそもそも)神道的な見地からの言論は日本社会においてかなり偏った考えだ」
ともとれることを書いていらっしゃるが、どちらにしろとんでもないことを言っており、とんでもないことを言っている自覚すらないのが本当に恐ろしいしどうすりゃいいのか、私がいくら言葉を尽くそうが李氏の考えや言動をどうすることも全く出来ず、本当にどなたか止められる方は→
現代の一般的な日本人の宗教忌避がタチ悪いのは、伝統宗教から切り張りした宗教観は素朴なスピリチュアルとして受け入れてたり、季節イベント化した宗教儀式は大好きだったり、宗教的な美術工芸や建築には敬意を払うポーズをとる事が好きだったりする(ただし教理や神仏の存在は信じていないなどの言い訳をする)。ガワの娯楽消費に抵抗がないと、宗教への忌避感があると自覚しにくい。
〇〇に宗教が当てはめられることは多い。
私自身、帝国主義と植民地主義に政治的に利用された「神道」への忌避感は強かった。
今も「神道」を銘打つ組織が家父長制を讃え、異性愛規範に当てはまらないものたちを差別する主張を流布していることも苦々しい。
でも統一された「教義」があるわけですらない、広義の「神道」そのものがすべて否定されるべきものではないだろう。
地元の祭事に、豊作を祝う行事の、どこからが「政治」で、どこまでが「信仰」なのか、数値化して判断ができるわけでもない。
他の世界的な宗教の時は「その信仰を元に“危険視”するな」と言えたことが、「神道」に関しては言えなかった。
所謂「国家神道」と形成され、しでかしたことが自分にとって大きすぎるからだ。侵略した土地に無理やり立てられた「鳥居」に怒りと嫌悪と反感を抱くからだ。
自分に近すぎて、差別の判断が曖昧となることを自覚しています。
地域や文化のそれぞれの神は、「神道」という名称でまとめられて語られてよい存在なのだろうか。それぞれの名前を持つ、それぞれの神なのではないのだろうか。
メキシコ(アステカ、トルテカ等)の「死者の日」、アイルランド(ケルト)の「ハロウィン」と「死者と生者の境界が曖昧になる」要素のある伝統行事のことが昔から好ましい。
これは私が自死について関心が強いからだ。自死によって残された周囲のもののことを結構長いこと考えていて、卒論もそれを書くために哲学科に進んだ。
あと平素「不気味」だの「怖い」と言われがちな骸骨などが大手を振って現れるところも好きだ。
色合いや見た目も好きだ。
秋の収穫祭を起源とすると思われる、地元の祭りもだいたい終了した。
琉球・沖縄県は「大綱引き(挽、曳)大国」だなと毎年思う季節でもある。
土着の伝統文化、行事、祭事が入植等を受けて変容する、移住した先で他の文化と混ざることは多くあるだろう。
どこからが「侵略者に押し付けられたもの」で、どこまでが「元々の在り方」なのか、定規で線を引くように明確化できることばかりではないだろう。
何か世界的に衝撃をもたらす大きな事件があった時に、「〇〇はヤバい」「〇〇は怖い」というイメージが広がっていくのを見たことがある。
そこから長い時をかけて「〇〇なら皆そう考えているわけではない」と伝え続けているひと/ものたちを見ている。
戦後77年でも終わらない不発弾処理 近年の年間処理件数は1000件台 #戦争の記憶(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE) https://news.yahoo.co.jp/articles/848856aa7d12abf8667a81d1af034023319445a5?page=3
これは2022年の記事。
“防衛省の統合幕僚監部が2021年9月に発表した資料によると、2020年度の陸上自衛隊による不発弾(爆弾、砲弾、銃弾など)処理件数は1194件、処理重量は約22トンでした。47都道府県のうち、処理件数・重量とも最も多いのが、太平洋戦争末期に地上戦が行われた沖縄県。処理件数は全体の約43%、処理重量は約58%を占めています。”
「不発弾はヤマトにもある」「米軍基地ならどこそこにもある」という言葉を日常的に目にする。
「沖縄だけが“被害者”ぶるな」という主張のためにこれらは用いられている。
全く意味が違う。割合も頻度も面積も密集度も比にならない。
「琉球王国」という別の国を侵略した挙句に戦場にしたという違いもある。
差異の独自性を無視して、「戦争ではみんな傷付いた」「他の地域もそう」と一般化したり矮小化することは適切ではない。
被害の比較に意味はない。
敢えての「インパクトある見出し」としてのであろう「沖縄っぽい」については、こういう文脈です。
“交通規制が始まるまで10分と迫った午前9時40分。ホテル入り口でスマホで動画撮影する大学生の女性5人と出くわした。京都から来たといい「そもそも不発弾処理ってなに?」「なんか沖縄っぽい」と笑った。”
読む者の感情を逆撫でする意図だと思いつつ、これが日本/ヤマトの大勢の反応なのだという意味で「事実」として受け止める他ない。
「大学生」という若者、かつ女性を殊更無知なものとして書いている向きもあるように思うが、年齢性別関係なく、私も含めて“日本人なんてそんなもの”という点においては「事実」なのだ。
個人の「わかっています」「反省しています」では琉球・沖縄県の実態は変わらない(だからといってそれ無しでよいとも思わないが、事実として“無意味”ではある)。
今なお解消されていない戦争被害がある。その責任は、琉球・沖縄県を戦場にした日本とアメリカにあります。
QT: https://rss-mstdn.studiofreesia.com/@okinawatimes/113222904429125045 [参照]
飲食代を払わなかったため従業員が声を掛けると…言い合いになり殴った疑い 18歳の米兵を現行犯逮捕 那覇市松山で
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1443757
#okinawatimes
県立高校の校舎に侵入疑いで自衛官の男逮捕 「酒に酔って覚えていない」と否認 豊見城署 沖縄 - 琉球新報デジタル https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-3506600.html
20240829
自分用の記録もかねてタグ使うか……なんて言っていたら、自衛官まで酔ってはしゃぐ。
アメリカがPFAS浄化に本腰を入れ始めた ただし本国で 日本の米軍施設はどうするの? 対応に温度差 :東京新聞 TOKYO Web https://www.tokyo-np.co.jp/article/357333
“そもそも、東京・多摩地域や沖縄県内などで米軍施設が汚染源と疑われる水道水の汚染が発生しているが、米軍は汚染源であることを認めていない。汚染源を特定できないため、浄化を求めることもできない。防衛省には汚染源特定のための調査の具体的な動きもない。”
成人しているヤマトルーツ🏳️🌈🏳️⚧️クォイロマンテイック/パンセクシュアル、二人称と三人称はなんでもよいです。フェミニズムはトランスとともに。
フィクション内キャラクターの関係性にときめくことが多い。
🦈🦈B級~Z級映画、ホラーとスプラッタが好き🦈🦈
フィクション内の倫理的に正しくないエログロについて言及することがあります。
天皇制が嫌い。
アイコンはフェルトシートで作ったクォイロマンテイックカラー(黒・黄緑・水色・灰色)の長方形に紫ラメの糸で「Quoi」とチェーンステッチで刺繍した画像、ヘッダーはクィア・プリズム・フラッグをフェルトシートで作ったものの画像です。