「戦争は嫌」伝えて 「地獄」の体験 今も脳裏に 元学徒・儀間昭男さん(97) 複雑な心境も
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“1945年3月31日、第32軍司令部は師範学校の校長に対し、全学徒を鉄血勤皇隊として防衛召集することを命じた。儀間さんは当時、師範の本科1年生で17歳。野戦築城隊として、第5坑道を掘る作業を割りあてられた。24時間体制で兵士らがツルハシで掘った土をトロッコに乗せて壕の外に捨てに行った。
激しい砲爆撃の中、学徒隊が寝泊まりしていた留魂壕から首里城を通り、坑道に向かうわずかの距離も、激しい空襲に体がすくんだ。壕堀り作業は司令部が首里を放棄し、南部に撤退する直前まで続いた。45年5月下旬、軍の食料や弾薬など重い荷物を担いで軍の撤退に続いた。「道や交差点のあちこちに死体が折り重なっていた。地獄以外に言いようがない」”
“「とにかく戦争は嫌ですよ。物珍しさで見てほしくはない」”
QT: https://rss-mstdn.studiofreesia.com/@ryukyushimpo/113681295538089023 [参照]