先月のスナック社会科でも話に出た小川さやか著『チョンキンマンション(重慶大厦)のボスは知っている』を再読中。宇野常寛氏の『庭の話』でも大事なとこで引用されています。
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393333716.html
『庭の話』で、宇野さんが共組的なものを「正解」にしてしまうのは良くないのではというようなことを書いてて(存在や役割を否定しているわけではなく)、それは日本の共組的なものが包摂するもの、包摂することで排除してしまうものに対しての視線があるからなのだけど、そのへんを解決するヒントはあるなと思う。