確かに日本「本土」のためには政権交代が有効だし、日本国籍を持つ身としては全力で応援する。
しかし、国家の差別的象徴である辺野古新基地建設を、バリバリの保守だった故翁長元知事でさえ反対した事からもわかるように、「沖縄問題」とはどの政党が政権を握るか、すなわち右派左派の問題ではなく、差別構造(上・下)の問題なので、正直どの政党であろうと基地は「安全保障」という名目で絶対に残される。
何の恥じらいもなく政党を渡り歩く政治家を見ても一目瞭然なわけで、移動可能な右左の問題としている間は日本の差別構造の最下層、植民地である沖縄に自由はない。
どれだけ沖縄に寄り添おうと、日本人の加害性は個人の活動だけで償えるものでもない。
国というビルの中にある日本人が住むフロアから、沖縄人が住む地下へ降りることはポジショナリティの観点から絶対に不可能であり、逆も然り。
沖縄人の中には差別されている自覚もなければ、日本人フロアで生きている錯覚をもつ者も多いだろうけど、それは解像度の低さが原因。自分の無知で真っ先に被害を受けるのは子どもたちだ。
沖縄で日本人を批判したり、先住民族の権利を訴えるとき、逃げ腰なのは「男性」に多い。
沖縄のビルはPHに日本人移住者(男>女)、次に沖縄の「男性」。上から下はよく見えないものよ。
これはヤマトと沖縄の差別構造の話であって、沖縄が「最弱マイノリティ」だという話ではありません。
ヤマトの女性とウチナー女性では権力勾配があり、それはヤマトのLGBTQとウチナーLGBTQの関係でもそうです。
ヤマトのフロアにはたくさんのマイノリティが存在していて、そのヤマトの多くのマイノリティもウチナーを差別している加害性があります。
あくまでヤマト>沖縄という上下の差別構造と、日本の植民地主義を批判しています。