アカデミー賞作品賞を受賞した『オッペンハイマー』。その映画の内容はこれから日本公開ですし、いろいろ記事もあがるでしょうから、そこに任せるとして、ひとつ覚えてほしいのは、エグゼクティブプロデューサーに「ジェームズ・ウッズ」が関わっていること。ジェームズ・ウッズは熱烈なドナルド・トランプ支持者で、イスラエル支持者。『オッペンハイマー』がどんなに反核兵器のメッセージを込めていても、そんな人物がクレジットに加わっていることは映画を台無しにするものではないでしょうか…
https://www.newsweek.com/full-list-celebrities-supporting-donald-trump-over-joe-biden-1849626
毎日新聞、送検は「暇空茜」と断定。
「Colabo」への名誉毀損疑い 「暇空茜」名乗る男性を書類送検 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20240216/k00/00m/040/357000c
自分の色んな感情を書き綴っていくだけなのだけど、ただただ人目を気にせずに赤裸々に書いているだけ。もちろん人には見せないし見せる必要もない。理路整然と書く必要もないし、繰り返し嫌だったことを書いても構わない。
それと、何かの「ためにする」ことをやめた。やめたというより、できなくなってきた。まだ一月半くらいなのだけど、最初のひと月はあっという間にノートのページが無くなった。
こんなにたくさんの感情をためてたのか。
こんなに色んなことを感じていたのか。
こんなに不安だったのか。
こんなにコントロールしたいとおもっていたのか。
こんなに…、こんなに…。
きりがないからやめるけど、びっくりするぐらい、色んな感情がどぎついものから軽やかなものからなにから何まで出てくるんだ、って気がついて、私はずっとその声を聞いていなかった事に気がついた。
もうあらかたやり尽くしたと勝手に思っていたのだけど、やっていないことがあるのがわかった。たまたま見た動画がめちゃくちゃ響いた。これだ、と思った。
それが昨年末から年始にかけてのこと。
私は、なんの制限もなく自分の感情をただ表現するということをやってなかった。
それをSNS上でやる必要性は感じなかったので、とりあえず手元のノートに良いも悪いもなく感情を書き出すことにした。
それを書き出したからって自分をまた振り返ってジャッジとかもしない。
何度も何度も繰り返し出てくる負の感情も、楽しいことも、不安も、悲しさや悔しさも、嫉妬も羨望もただただノートに書くのだ。
そして破って捨てたりもしない。
ただ出てきたものを自分の一部なんだと認めていく。
それだけ。