当たらないだろとおもっていたら当選したので、本郷台でやっている『乙嫁語り』の原画展に森薫さんのトーク+ライブドローイングを観てきました。めちゃくちゃよかった。『乙嫁語り』しか読んでないですが、こんな素敵な人だったんだ。
好きなこと(ではあるが決して楽なことではない)を仕事にしている人の仕事(の話)ってめちゃくちゃおもしろいし、滋味ぶかいんだよな。おれも自分の好きなことを大事にしようという気持ちになりますね。
そして今アナログでここまで描き込んだ原画ってなかなか観られるものではないとおもうんですが、それもよかった。あと生きものが好きな人の絵はやっぱりいい。『シュトヘル』の伊藤悠さんも動物(特に狼)をいっぱい描いてくれるので好きです。森さんは今はファンシーラットとカタツムリとオカヤドカリ(比較的ほっといても大丈夫な生きものたち)を飼ってるそうですが、オカヤドカリいいな〜〜
あれ、ヴァタニムふつうに営業している!?!? 休業したんじゃなかったんですか??(行きたい)
昨日の禍話、都市伝説的な小話やそれ単体では怖くない話を"考察"して怖くしてみる新コーナーが生まれていて、二話やってたんですが、いい感じに怖くなり、かつミステリとして成立しておりよかった(24分あたり)。そうすると怪異というよりは人怖になりがちではあるけど、これはこれでおもしろいので続いてほしいな〜〜とおもいました。
もともと禍話は多井さん(語り手のひと言多い友人)や、「余寒の怪談手帖」における皮肉屋文庫さん(書き手のシャーロキアンの友人)といった、ある種の"探偵役"を入れることで、怖さをブーストする形式の話も結構あるので、さらにミステリに接近する感じのやつももっと聴きたい。
今日のメインはゴーリー展だったんですが、原画をじっくり観られてかなりよかった。ケープコッドに移住後、コミュニティカレッジでエッチングを学んでいたこととかは知らなかったので興味深かったです。『狂瀾怒濤』のスクランプがふさふさしていてよかったし、親交のあるバレリーナに手作りのカエルのぬいぐるみを贈り、バレリーナはカエルを連れて観劇したりしていたというエピソードもかなりよかった。
でも美術館でいい絵をじっくり観た後に売店で印刷の粗いグッズを見るの、わりと微妙な気持ちになるな〜〜 ついもうちょっとがんばってほしいとおもってしまうが、むずかしいのかな。ゴーリーはほぼモノクロなので、色味が気持ち悪いということがないのはよかった。ポストカードやマスキングテープとかはよかったです。あと印伝カッコよかったな〜〜
おじいちゃん店主がひとりで切り盛りするとある街中華に行ってきたのですが、店主がカウンターから料理の皿を取り落とし、近くの客のカバンや服に飛沫がかかって怒って帰ってしまうという事件が発生し、おじいちゃんがめちゃくちゃ落ち込んでいたのでこちらもとてもかなしい気持ちになった。怒りたい気持ちもわかりますが、でもな〜〜…… わりと有名な店だし、普段から助けあいで成り立っている部分もある店では? われわれはおじいちゃんを励ますこともできず、帰り際に元気よく「おいしかったです!」と言うことしかできなかった。無力…… 「また行こう」と言いあって解散しました。
料理は変わらずおいしかったし、これからも続けてほしい。おじいちゃんが今日独りかなしい気持ちで寝ないで済むことを祈ります。あと怒って帰った人の汚れが落ちてることも祈る。かかったもの的にわりと落ちそうな感じでもあったし。
UFOを見た話を聴かせてもらって、いろいろ考えている。
話してくれた人は明るくいつも人に囲まれているような人なので、ついてっきりオープンに語っている話なのだとおもっていたけど、全然違った。ほとんど家族にも話していないような、ある種の緊張感が漂う、ちょっとデリケートな話だった。sublimeに近い体験でもあったと思う。
UFOだとかUMAだとか妖怪だとか心霊現象とか、そういったものはすぐ信じる/信じないという話になるけど、そうじゃないんですよね。UFOや河童が実際にいるかどうかなんかぶっちゃけどうでもよくて、なんというか生の語りからは、ある人がそれを見たと信じていること、そして(特に現代においては)それを胸の内に秘めておくのではなく、密やかにだが語らずにはおれないということにある種の切実さを感じる。
震災以降の東北の幽霊譚なんかもまさにそうだと思う。たとえば黒木あるじさんや小田イ輔さんの怪談はそういう声を掬い取っている気がする。
こういう話になると、過剰に否定的になる人は多いとおもうんだけど、ちょっと違うんじゃないかな。もっと違う受け止めかたがあるとおもう。
主に壁打ちです あらゆる差別と戦争に反対
they/them