エチ賞「干し柿の現在地」執筆秘話2
私は慌てて張り紙と目が合い、紐を直そうと取りかかった。しかし私が紐を直すよりも優に男性が私に近づく方が早く、とうとう男性とも目が合ってしまった。
怒られると思いきや、男性は言った。
「そんな本いるんか」
ここから待ち受けるのが怒られであろうとも、ここは会話をしたらいいところだろうと私は瞬時に察し、
「おもしろそうなので。捨てられるのもったいないし」
と言い訳をしつつ、会話らしいものを試みてみた。エコ意識を匂わせなくもなく、相手を多少避難することで、あわよくば、怒られることへのわかりづらい予防線でもある。すると男性は
「それやったらこっちの本の方がおもしろい」
と言い、古紙の壁から引き剥がして渡されたのは赤い表紙が10センチはある分厚くて古い本だった。
「これはなんですか?」
「ボーイスカウトやってたから、縄の結び方の本や」
「えらい古いですね」
「昔丸善で買ったんや。取り寄せてもろてな」
と言って、中を見せてもらうと英語に縄の結び方のバリエーションが描かれた絵がみっちりしている。
「持ってったらええわ」
「なんか貴重そうな本ですけど」
「どうせ捨てるし。ヨットもやっとったんや。ヨットの雑誌もあるわ。これも持っていき」
エチ賞「干し柿の現在地」執筆秘話3
その日、私は再び子供用の辞典3冊と赤い洋書とヨットの洋雑誌2冊を持ち、歩き出すが、めちゃくちゃ重くなった鞄を持って、もともと遅れ気味だったその日、遅刻をした。
その時にもらった本のやりとりからの着想が盛り込まれている。