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食べ終わったらこんなのがスッと出てきた。。。なんで?

無くしたと思ったらレザーケースあったー!安くない買い物だったので冷や汗が出た。京都エディションに装着した。これでいこう。

年末の整理してたら昔の旅行ノート出てきた。また奥さんとかっつかつの貧乏旅行したいなぁ・・・

そうだ!もうすぐクリスマスだからこれ点灯させないと。忘れてた。

手帳の整理をしているついでに昔のトラベラーズノートをパラパラと見ていた。
根が飽き性なので、だいたい全部のページを使い切ったノートはないし、お正月にたくさん書いて、秋ごろに終わっている年も多い。
ただ今だから言えることは、3日坊主の日記だって、3日分の何物にも代えがたい価値があるということ。書くのが嫌になって、適当にコンビニプリントした写真を貼ってるページだって、一つ一つに思い出があって、その時の気持ちを記憶の中から引き出すことができる。
某サーバーでトラベラーズノートが話題になって、何人かが実際に手にしたけど、ぜひ、何かを書いて残すことの楽しさを知ってほしい。デコレーションしたり、きれいな色ペンを使ったり、毎日必ず書き続ける必要はまったくない。飽きたらしばらくほったらかしにして、また機会があれば書き始めればいいし、そのときに新しいノートに買い換えたってかまわない。
でもその2,3ページだけ使ったノートは、何年後かには必ず、今の自分になにかのヒントや感情を与えてくれるものになるはずだから、楽しみに取っておいてほしいなと思う。

20年ほど前、バンコクの宿屋でバックパッカーの青年と話をしたことがある。世界のどこかに、その街に立った瞬間、「あぁ自分はここに生まれてくるべき人間だったんだ。」と直感してしまう街がある。そう感じたら、とりもなおさずそこに住むべきなんだ。僕はその街を探している。残念ながら、少なくとも、日本には無いんだよ。だから帰らないんだ。

僕は深刻とまでは言わないものの、この社会に、ある程度の「住みづらさ」を感じながら生きてきた。それは同調圧力だったり、ヒエラルキーであったり、過剰な勤労思想だったり。それらをいまいち受け入れづらいままになんとかやり過ごしてきた、という程度の問題だった。そういう中途半端な人間にとっても、「世界のどこかに、ここよりも自分にぴったりな街がある」という神話は、なかなか魅力的に聞こえる。

いやでもお好み焼きも落語もない世界は自分にはちょっと考えられないかなぁ。などと思いつつ、なんとなく旅の支度をするたびにあのバックパッカーの話を思い出して、少しワクワクしてしまう。早くまたいろいろな国に行ければいいなー。

クリスマスの飾り付け終わり。2年前に子供達からクリスマスツリー卒業宣言(しまうのめんどくさい)が出たので楽だぁ

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