小川哲『ユートロニカのこちら側』読了。
作者のデビュー作。キャラクターも文体もクセがなくて、読みやすいです。
個人情報が資本主義的な価値を持ち、私企業によって点数化される社会。情報を企業に提供するかわりに生活全般が保障された実験都市を巡る連作短編集です。
「こちら側」なので、都市に適応できない、いわば時代に乗り遅れた人たちの物語が主体です。
「ユートロニカ」については最終章手前に説明があって、まるっと要約すると涅槃です。

これを読んでわたしが思ったのは、「いいなあ」というものです。実験都市では生活費や医療費がただで、労働しなくていい。人生の100%を余暇として過ごせる。羨ましい。
安心安全が保証されて、何かを選択するストレスも機械がサポートしてくれて、生の苦しみがなくなった人たちがどうなるかというと、それについては仮説が提唱されているのですが、「向こう側」のことなので、あまり描写されていません。

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現実でわたし達は既に、自ら進んで個人情報を企業に提供しています。
企業ではないですが、マイナンバーカードなんかもそうですよね。個人情報が個人のものではなくなっている。
そういう世の中に流れに抗い得るのか、自由を確保するためのその抵抗もまた、教条的なものなのではなかろうか、といったようなことが書かれていた本なような気がします。
仮定の設問であって答えはないし、現実にも正解はないし。

大まかにうっすら底流にあるのは(まとめの最終章がそういう話だった)息子と父親の確執の話で、母親や妻といった存在は概ね無理解なものとして出てくるので、ちぃとばかし舌打ちが出ました。

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