以前なら内閣総辞職してたはずの大問題が直近だけでもいくつもあったけど、そのうちのひとつを掴んで政権交代できていたなら、もしかして日本はもっと早く、そして強く国際社会に平和を呼びかけられていたんだろうか?ちょっとあり得ないんじゃないですかとアメリカを牽制したり、南アフリカと並んでイスラエルを訴えたり、そもそもハマスが極端な行動に出る前になにか働きかけられていたんだろうか?もしそうだったら救えた命がいくつあったのか?と考えると、日本で声あげてどうするの(笑)、私たちには関係ないでしょ!なんて絶対言えない。植民地主義に邁進した過去を省みるどころか、温存し賛美しさらに復古しようとするような政権を勝たせ続けている私たちの責任だ。人権を軽視し蹂躙することに長け、そうすることが政治だと勘違いしている人たちに力を預け、従うことに馴れてしまった私たちには罪がある。私たちのせいでパレスチナの人たちが殺されている

……と、思っても、私がやるのは日に数度それらしい投稿をしたり、政府の窓口に文句を言ったり、雀の涙にも満たない額を寄付したりすることくらいで、どうしてそれで「やれることはやっている」などと割り切って生活を営もうとできるのか、人がさらに何万人も殺されようとしているのに?私は冷酷すぎやしないか?そのようなことから目を背けながら味わう人生とは?その価値はいかほどのものなのか?と、毎日毎日問い続けながら、矛盾しきって欺瞞に満ち満ちた生を生きさせられてる、そのことにも憤っていて疲弊していて、内心ではほとんど毎瞬なんなんだよもーーー!って叫んでいる、そしてすぐ、叫んだら気が済む程度の怒りや悲しみしか抱かない身分でごめんなさい、がやってくる、その繰り返しで、じゃあパニックかというとそれも違って、そのことすら客観視してしまえている自分が同時にいて、もしかしてもうとっくにキャパオーバーしてるんじゃないかと思う

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