戦後生まれの責任について考えることがあるんやけど、これまでの軍事費の総額があれば、戦後補償ができたのになって。被害者に戦後補償もしないで、平和もくそもないよなーとか。
お金がないのではなく、多数の人が自民党を支持することで、戦後補償をしないことを選択し続けてるんやなって。それどころか加害の歴史をなかったことにしようとしている最中やしな。
日本の知識人ら、羅州に東学農民虐殺「慰霊碑」ではなく「謝罪碑」を建てる
https://japan.hani.co.kr/arti/politics/47536.html
久しぶりに「東京はさ〜」の雑な話にイラっとしてる。
そこまで深く考えた言葉では無いけど、今回ふと頭に浮かんでるのは、「東京の人」と「東京に住んてるだけの人」の違いというか。
だいたい東京の人って表現が示す人物像の範囲が広すぎる。
東京の人間関係が浅くてドライでとか言われると、どこの東京の話をしているのかと思うわけですよ。
もう親戚中がそこら辺に転がってる環境の東京で過ごしてご覧なさいよと。
祖父母は隣村だったので両親がこの村に越してきて40年が経つけど未だ近所から「まだ越してきて新しいから〜」って言われる東京。
同じ日本なんだからメンタリティも文化もそう変わらねーよ。
住んでるだけで街のことに参加してるか?火の用心当番してるか?町会の仕事してるか?消防署が目の前にあろうと消防団もあるけど加入してるか?交通安全担当とかやってるか?神社の祭は?
地域から逃げて住んでるだけで東京の人間ヅラしてくれんな。
こっちだって面倒くせーんだわ。
そのくせ地震やら災害があったら何もやってない奴らのことも纏めて面倒みる羽目になるんだよ。
マンションも町会費を払えよクソが。
「差別反対と言いながら差別的な言動をとっていないか?」という指摘には向き合った方がいいと僕は思っています。頭から「自分に差別意識なんかあるわけがない!」と否定する人を、僕は信用出来ません。差別に反対するというのは、自分の心のどこかにある差別意識に抗う事なんじゃないか。僕はそう考えています。著述家と便衣兵に見切りをつけたのは、そういう理由もあります。
『「宗教右派」という言葉で一括りにしないで欲しい』
僕もそういう言葉を使ってました。神道を信仰する人たちの中にもLGATQ差別に反対する人たちが居る事を知りました。
『熱狂的支持者の事を「信者」と揶揄しないで欲しい』
これは僕も引っかかるものを感じていました。しかし、僕もかつては「使っていたな」と思い反省しています。
『「宗教=カルト」ではない』
本当にそう思います。一方で、自分も宗教を馬鹿にしてきた事があります。これも反省します。
あと、「◯がおかしい」「◯◯外」「◯でもやってんのか」などの言葉を使うのもダメだと思います。Twitter時代、僕は「リベラル垢」も結構通報してました。そんな僕も、結構酷い事を書いていました。言葉遣いがどんどん乱暴になっていきがっていました。悪いのはTwitterではなく僕自身です。
少しずつでも直していきたい。