「ですからこのような」
そう言って唐突に振り向く彼女、今、いまはそう、何の話をしていたんだっけ?
ついとこちらへ伸びる手に戸惑って、反射的に一歩下がる――下がりたかったのだが、同時に彼女は一歩踏み出したかったらしい。足元がもつれて。
「耳のこのあたりに着ける――きゃっ」
彼女――桜眼の獅子は、その名に似つかわしくなく、そして可憐な乙女に似つかわしい悲鳴を零して、そして。そして……?
「すみませんユウゴさん。頭……打ちませんでしたか?」
打ちませんでした。なぜなら彼女の手が後頭部に回されて、緩やかに持ち上げられていたから。反対の手は先ほど耳許を示していたせいか、顔のすぐ横に突かれていて。まるっきり。まるっきり――押し倒されていた。
「洒落にならんで、ほんま」
顔が近い。きょとんとした桜眼がこちらの様子を伺っていて、鏡を見なくとも自分の顔が赤いのがわかる。いやちがう、彼女には、男女がこうなった場合――男女でなくたって――この次に何が起こるのか知らないのだ。これで向こうが少しでも照れた様子を見せようものなら、まだいくらか流れはこちらのものだっただろうに。
「どうされました?ああすみません、転ばせてしまったことは謝ります」
転ばせて、って。