名人伝 - Wikipedia
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名人伝 - 青空文庫
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中島敦の短編「名人伝」の登場人物、紀昌、飛衛、甘蠅の名は、『列子』湯問篇に弓の名手として出てくる。
射術を飛衛に学んだ紀昌が、飛衛を倒して第一人者になろうと図ったこと、野中で出会った二人が矢を撃ち合ったくだりなども主として湯問篇に拠り、一部の表現をを仲尼篇から借りている。

「名人伝」に紀昌の上達を表現して、「一杯の水をたたえた盃を右肘の上に載せて強弓を引くに、狙いに狂いの無いのはもとより、盃中の水も微動だにしない」とあるのは、『列子』黄帝篇に列子の故事として書かれていることの流用。
名人・紀昌の晩年の述懐「既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳の如く、耳は鼻の如く、鼻は口の如く思われる」も、同様の表現が列子の言として黄帝篇に出てくる。

これらの他、「名人伝」は『列子』から多くの出来事やフレーズを借りている。

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既存の詩や文から章句を切り出し、もとの文脈を無視して再利用することを「断章取義(だんしょうしゅぎ)」という。
『列子』にある列子の故事を、弓の名人・紀昌のこととして「名人伝」に取り入れた中島敦の方法も断章取義と言える。他にも「名人伝」では、『列子』中の章句をさかんに流用、元のシチュエーションから切り離して使っている。

ネガティブな面を強調して断章取義を言い換えれば、盗用あるいは故意の誤用ということになるが、ポジティブには、断章取義こそすべての創作活動の基本ではないか。
創作物の中身がすべて創作者の内部から発しているなどとは言えない。すべてが作者のオリジナルだとしたら、それらは遺伝子で伝えられてきたものとでも考えないと説明できない。逆に、すべては借用、流用、盗用と言ったほうが事実に近いだろう。

「凡才は模倣し、天才は盗む」とピカソは言った。
「盗め、どうして盗まないのだ」とウィリアム・バロウズも言っている。

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