《その早暁、まだ明けやらぬ上海の市街は、豆スープのように黄色く濁った濃霧の中に沈澱していた。窓という窓の厚ぼったい板戸をしっかり下した上に、隙間隙間にはガーゼを詰めては置いたのだが、霧はどこからともなく流れこんできて廊下の曲り角の灯が、夢のようにボンヤリ潤み、部屋のうちまで、上海の濃霧に特有な生臭い匂いが侵入していたのであった。》
海野十三「人造人間殺害事件」
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《上海四馬路の夜霧は濃い。
黄いろい街灯の下をゴソゴソ匍うように歩いている二人連の人影があった。
「――うむ、首領この家ですぜ。丁度七つ目の地下窓にあたりまさあ」
と、斜めに深い頬傷のあるガッチリした男が、首領の袖をひっぱった。
「よし。じゃ入れ、ぬかるなよワーニャ」》
海野十三「見えざる敵」
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《霧に包まれた上海の街、十米も先はわからない様なモヤ、灰色の雲の中をフハリフハリと行く人、その時、街の心臓にパツト灯がつく、白いロココ風の馬車が二馬路の角を通る、白い馬車白い二頭の俊足を持つた馬、白いビロードの服をつけた馭者、乗つて居る人は老人と華かな飾りをつけた若い弱々しい、紫色の娘、彼氏はその時刻に二馬路から三馬路にかけて歩道を散歩して居れば必ずその白い馬車を必ず定つて見かけた。そうしてその白い馬車が彼氏の心の中で生活し生長した。でどうかしてその白い馬車を見かけない日、彼氏は一種の憂鬱と不安におそはれた。》
三岸好太郎「上海の絵本」
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