深みにはまらないうちに、どう寺山を切り上げるか。
少なくとも『壁抜け男――レミング』を自分なりに理解してからと思っていたが――

《ラストシーンで、すべての硝子は割れ、書店中の書物は散乱し、スピノザの世界は崩壊している。一枚の鏡の破片にうつる、顔はスピノザだが、そのうしろ姿は別人のように見える。がっしりと肩幅のひろい中年男は、もはや、スピノザではない。
群衆の中へ、逃げこんでゆく、「顔がスピノザで、体が他人」の父親を、カメラは追いかける。
スピノザは、人ごみの中に、見え、かくれ、そしてとうとういなくなる。》――寺山修司「唯一の書物」(『夜想』16)

シナリオを手がかりに読み解いた映画『レゾートル――はみだした男』の評だが、『壁抜け男――レミング』の最後を思わせるものがある。寺山版『壁抜け男』の全体は消化できなくても、その末尾から抜け出せばいいのでは。

寺山修司の戯曲『壁抜け男――レミング』の最終場面「死都」のト書き。

《車椅子の妹が、髪を逆立てて立ちあがり、「風だあ!」と叫ぶと、つむじ風がまき起こり、壁という壁が吹きとばされ、ビラがとび、夢は破片となって飛び散る。品川区五反田にある安下宿「幸荘」を仕切っていた壁だけではない。品川屠殺場のコンクリートの壁も、区役所の塀も――ありとあらゆる立体はかき消えるように失くなり、あとに残されるのは一望の荒野だけとなる。》

歌舞伎で言う屋体崩し(屋台崩し)。劇の山場で、大きな屋敷などを崩壊させるスペクタクル。

屋体崩し、または屋台崩し。

歌舞伎用語。劇の山場で、建物を崩壊させるスペクタクル。
崩れ落ちた屋根の上に主要人物が現れ、見えを決める。
たとえば舞踊劇「将門――忍夜恋曲者」の場合、主要人物は平将門の遺児・滝夜叉姫と将門の残党狩りに都から下ってきた大宅太郎光圀。クライマックスで将門の古御所が崩壊する。

参考:
www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modul

『忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)』で古御所の屋根に現れた滝夜叉姫はガマを従えている。ガマは火を吐く。

『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』の徳兵衛も崩壊した建物の屋根に現れて、こちらはガマに乗っている。ガマが火を吐くのは同じ。
bunka.go.jp/prmagazine/rensai/

どちらの演目も屋体崩しにガマが伴う。特別なわけでもあるのか。

自来也とのかかわりは?

『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』は四世鶴屋南北の出世作と言われるもの。遅咲きの南北は当時50歳。
ja.wikipedia.org/wiki/天竺徳兵衛#ci

播州高砂の船頭・徳兵衛は風に吹き流されたあげく唐・天竺まで経巡って5年ぶりに帰国するが、故郷を前にした九州で事情聴取のため佐々木家の家老・吉岡宗観の屋敷に留め置かれる。
宗観の顔を見た徳兵衛が、「死相がある、今日中にあなたは剣難で死ぬ」と指摘する。
その日のうちの死を覚悟していた宗観は、予言の内容には驚かないが、徳兵衛がその予言をしたことに驚く。というのは、宗観には3歳のおりに手放した子があり、その子が成人して困らないよう、観相術を学ぶ機会を講じておいたからである。
やがて父子であることを確認した徳兵衛に対し、宗観はさらに驚くべきことを打ち明ける。
じつは自分は日本人ではない。もと朝鮮国王の臣であり、国の仇に復讐するするため日本に渡ってきた。お前も我が志をついで日本を滅ぼせ。そのように言って、宗観は徳兵衛にガマの妖術を授ける。

『天竺徳兵衛韓噺』には多くの異版があり、人名、地名、ストーリーに出入りがあるが、原稿台本で軸となるのは上のような人間関係。

フォロー

『天竺徳兵衛韓噺』の時代設定が足利義満の頃だったり義政だったりするので、朝鮮のための復讐というのがわかりにくいが、実際は豊臣秀吉の朝鮮侵攻を示唆しており、秀吉に荒らされた恨みいうことになる。
親の宗観の素性を、「もと朝鮮王の臣」のかわりに「大明国の遺臣」とする版もあるが、明も朝鮮を支援して秀吉の派遣した日本軍と戦っているから、宗観の日本に対する敵意の根拠としてはどちらでも同じ。

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