《パリには、私の好きなホテルがいくつもある。
中でも、かつてヘンリー・ミラーが愛したクリシーの安宿のベッドが印象に残っている。
娼婦と行きずりの男が、一夜だけの愛をかわした記念に、
イニシアルを彫りこんだり、拷問具をくくりつけたり、枕の下に拳銃をかくしたりした、無頼漢の思い出の残るベッド。
そして一人旅の長い夜をもてあまして、とうとう一睡もせずに、
シムノンのメグレ警部ものを読みあかしてしまったベッド。
東洋人の双生児の姉妹が心中した、といういわくつきのベッド。
ベッドの一台ずつに人生のドラマが沁みついている安宿で…》――寺山修司『幻想図書館』

自分の書くものに少なくとも一つ嘘を混ぜ込んでおく。
そういう習慣はどうだろう。
そうしておけば、
資料とか、論理とか、かならずしも本質的でないことに気を使わなくてすむ。

薄影が影にたずねた。
薄影とは影のまわりのぼんやりした影のこと。
その薄影が影に問うには、
「お前さんはさっきは歩いていたのに今は止まり、さっきは座っていたのに今は立っている。なんと節操のないことか」
すると、影がこたえて、
「おれは何かに頼ってこうしているらしい」
その何かとは人間の身体。人が歩けばその影も歩き、人が止まればその影も止まる。
つまり影は人に依存している。
続けて影はいう。
「おれが頼ってる何かも、また別の何かを頼ってそうしてるらしい。ということは、おれはヘビの皮やセミの抜けがらに頼ってるのか。どうしてそうなるのかも、そうならないのかも知らないが」

罔兩問景曰:「曩子行,今子止﹔曩子坐,今子起。何其无特操與?」
景曰:「吾有待而然者邪?吾所待又有待而然者邪?吾待蛇蚹蜩翼邪?惡識所以然!惡識所以不然!」
ja.wikisource.org/wiki/荘子/齊物論

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