「頭のボケやすさは遺伝で決まる」という仮説を正当化するために、LGBT も遺伝的な要因で決まる、という話が引き合いに出されている本を読んだ。全く論理的な繋がりはないんじゃないかと、突っ込みたくなったが、新しい知識は得られた。
それまで、性的嗜好は本人の好みの問題かと思っていた。が、遺伝子が関わる問題で、本人の好む好まざるに関わらないで決まってしまう、という事実に驚いた。別に知ろうと思って得た知識ではないが、異性を選択しなければならない、という画一的な性的嗜好を強要される社会は、さぞ生きにくいことだろうなと思った。
自分のことではないので、どれほどツラいことなのか想像でしかないが、「自分の普通が社会では非常識」という事象は、誰にでも1つくらいはあるのではないか。
現代になって、多様性が叫ばれるようになった。まぁ、それも「アメリカ様」が言い始めたからなのだろう。頭の固い老人が支配している、日本からでは、まず出てこない発想だろう。全ての人が幸せになる世界を実現するには、今までの画一的な価値観で縛るやり方では機能するはずがないのだなと、改めて思った。
それでも社会は変わらないのだけれども。老人が死に絶えた後だろうな。