こういうの
右手に石笛。左手に蜂蜜酒。廃ビルの屋上には冴え冴えと、星たちが巡っている。石笛が不器用に鳴ったとき、それはまだ取り沙汰されぬまま。
「いあ、いあ、はすたあ」
すべては賭けだった。星たちは正しく揃っているのか。ぼくにそんな力があるかも、わからない。ただ。
「はすたあ、くふあやく、ぶるぐとむ」
「――なにをほざいている」
「ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ」
「黙れ。この男の命は創作者、お前の身の振り方に委ねられているのだぞ」
薄汚れたロング・コートを鮮血に染めて、倒れ伏した山猫は何も言わない。ぼくが黙ったと思ったのか、黒装束のそいつは薄く笑う。
「つくづく、キャラクターを大切にする創作者など手玉に取るに容易いものよ。側近さえ捕らえてしまえばどうとでもなる」
ぎらり。山猫の喉元に突きつけられた刃物は、星灯りを反射して――彼の瞳のように銀に閃いた。
「さあ、その不審物をみな捨てろ。もう一度言うぞ。この男がどうなってもいいのか」
ぼくはそっと両手を挙げて、ゆっくりと――黄金の蜂蜜酒を飲み干した。両手を離し、石笛と空ビンとが宙に投げ出される。
「何を飲んだか知らないが、創作者などたかが人間。強化の魔法薬を飲んだところで底は知れて――」
「あい、あい、はすたあ」
現れる。魔導書。
こういうの
「まったく、キミたちときたら」
遠のく意識と痛みの向こうに、青いソフトレザーを見た気がした。“無欠”のガンマン。来てくれたのか。
「シルッカ」
「ええ」
タビットが唱える光の妖精魔法は、またたく間にきらきらと輝いて、ぼくと山猫の傷を癒した。――助かった、らしい。
「……離れろ」
まだ朦朧としているのか、山猫が残った力でぐいとぼくを引き寄せた。
「こいつに――セイに――触れるな」
「ご挨拶ね」
どくどくと早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、この関係がいかに危うくもろいものだったかを知る。ぼくがこいつを大切にすればするだけ、そしてそれは逆もまた然りだが、それは大きな弱点となる。
「あなたたちの傷を治そうってのよ。山猫、あなた、あたしが誰かもわかってないわね」
痛みと緊張感が薄れていくにつれ、どっと疲労を感じていた。山猫は生きている。まずはそれを喜ばなけりゃ。
「あいつらは……どうなった?」
うまく発声できた気もしないが、そう問うと、パトリックは確りと頷いた。
「スウくんが大暴れでね。見るうち伸してしまった」
「……スウが?」
「あの怒りよう、キミたちにも見せたかったな」
パトリックはおかしげに肩を揺らす。山猫はついに、ぼくから手を離そうとはしなかった。
こういうの
開かれた魔導書は魔法のように宙で翻り、ぴたりと正しいページを指し示した。ああ、――読める。
ぼくは黒装束のそいつに突っ込んで走り出した。大人しくなったと思っていた創作者の突然の蛮行に、驚いたのかそうでもないのか、山猫の首に当てられた刃先が怯む。
彼をそっと抱き起こし、「構わん、やれ」の言葉を聞いた。背中に向けられたいくつもの刃を、いまは、気にしちゃいられない。
自分よりよほど大柄な彼を抱えてまだ走れるほどの体力はぼくには備わっていない。容赦ない切っ先が次々とぼくと山猫とを刺し貫くのをもはや痛みとは関係ない神経でもって感じ取りながら、しかしそれは確かに一石を投じたに違いないことを確信した。なぜなら、ヤツが現れたからだ。
「ビヤーキー!」
その召喚は、いままでのどんな召喚とも異なっていた。現れたのは不気味で真黒く、また、その姿はカラスでもなく、モグラでもなく、ハゲタカでもなく、アリでもなく、腐乱死体でもない。
その異形のものはぼくらを鉤爪で掴み取り、星たちの煌めく夜空へ舞い上がった。こうなるとあいつらはもう、手出しできない。
「南西へ」
自然公園があることを、以前ジャンが報告していたので知っていた。あとは仲間たちがいつぼくらの不在に気がつくかで、それはもう賭けだろう。