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コイカラ08(あむあず) 

 道のそこかしこに満開のサクラを見上げる人々が足を止めては、ほうと感嘆のため息が聞こえてくるようだ。
 ──ドンッ!
 梓に、後ろから強く衝撃が走る。
「えっ」
 ぶつかられた衝撃に転びそうになって、たたらを踏む。なんとか転ばずに踏みとどまることに成功した梓だが、手に持っていたカバンがないことに気づいた。
 どこへ行ったのかと見ると、梓から逃げるように走り去ってゆく男の手に見覚えのあるカバンが握られている。間違いない、買い出しのために梓が預かってきたカバンだ。
「ひったくり!」
 考えるよりも早く、梓から走って逃げる男に向かって叫んだ。
 転んだわけではないし、ケガはしていない。足も捻っていない。傷みがないことを確認して、梓は石畳の足場の悪い地面を踏み込むと、強く蹴った。
「待ちなさい! 泥棒!」
 長いスカートを翻しながら走る。立ち仕事で歩き回るため、歩きやすい、走りやすい靴を履いていて良かった。この町で女性は低くヒールがついている靴を履くのが主流で、梓も仕事でなければ普段はそちらを愛用している。なにせ手に入りやすさが格段に違う。ポアロの仕事をしているときに履いている靴は、すごくすごく探した。その甲斐あって動きやすさはお墨付き。

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