著者達が本当にリベラリズムと啓蒙主義でいけるというなら、本気でそれをやってくれよ。というのが率直なところで、早川書房の訳者解説サイト掲載取り下げ以降に紹介された著者達の、その後の展開など見ても、リベラリズムと啓蒙主義なんて批判のために持ち出された為にする理屈以外ではない、バックラッシュの一形態に過ぎなかったんじゃないかと正直思う。
日本のポストモダンは、フランス現代思想家たちの主著群がまだ大して訳されてもいなかった1985年に出た柄谷行人の『批評とポスト・モダン』以来、常に近代(モダン)を批判しつつ、近代を徹底せよって姿勢だったと受け止めてきたので、自分は「リベラリズム」と「啓蒙主義」がポストモダンと対立するなんて考えたこともない。モダンをもってして克服できないできたことをモダン(普遍的なリベラリズムと啓蒙)によって克服していこうというのが、ポストモダンだと考えているから。
それにしてもバックラッシュは、色んな形で登場しますね。まあ、いつもどうしても読み通せないヒースの本に比べたら、読み通せただけましだったかw
これを読むなら、既に出てる『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』とか、これから出る『今を生きる思想 ミシェル・フーコー 権力の言いなりにならない生き方 』を読んだ方がいいというのが結論w
@gizmothemogwai こちらこそ読んでいただき、ありがとうございます!
@kova41
バックラッシュの一形態に過ぎない、というのは慧眼だと思いました。とても参考になりました。ありがとうございます。