思考は快楽に持続性を与え、そのような見せかけの持続性をわれわれは幸福と呼んでいるのである。#fedibird
瞑想は、あらゆる思考、あらゆる感情を自覚することであって、その善悪を断定しないでただ見守り、それと行動を共にすることである。#fedibird
「こうあるべきだ」とされるもののこの模倣が、恐怖を育み、そして恐怖が創造的な思考を殺します。恐怖は精神と心を鈍らせ、私たちは人生の意味全体に対して鋭く目覚めていることができなくなります。私たちは自分自身の悲しみに対して、他の人たちの微笑や惨めさに対して鈍感になるのです。#fedibird
生はたえず動いている。生は、多くの複雑で素早く変化する問題を内包しながら、決して静止することがなく、毎日毎分、新鮮なアプローチを要求している。だから、私たちがこの生に出会うとき、そこには条件付けられ固定化された心と、たえず動いてやまない生との間の絶え間ない葛藤があるのだ。#fedibird
快楽と真摯さを両方一度に求めるから絶望的になるのである。一方で真摯になろうとして、他方では世間的な快楽を求めようとしている。けれども世俗的な快楽は結局のところいかにも卑小なので、さらに加えていわゆる「神」という快楽を求めるようになるのである。#fedibird
ナショナリズムは、宗教が人間を分割するのと同じように、人を分割します。そしてこの国家主義の精神と宗教的な信念が人を分離させ、互いに反目させるのです。【人生をどう生きますか?セクション2第1章第5節】#fedibird
学ぶとは何ものにもとらわれることなくものを観察し、見ることである。もしも蓄積された知識からものを見れば、そのような”見”は限られたものであり、そこには何ひとつ新しいものはない。#fedibird
「こうあるべきだ」とされるもののこの模倣が、恐怖を育み、そして恐怖が創造的な思考を殺します。恐怖は精神と心を鈍らせ、私たちは人生の意味全体に対して鋭く目覚めていることができなくなります。私たちは自分自身の悲しみに対して、他の人たちの微笑や惨めさに対して鈍感になるのです。#fedibird
信念は恐怖や伝統から生まれる。二千年あるいは一万年にわたるプロパガンダこそは、儀式、教義、信念といったものに包まれた、宗教的な言葉の構造の正体である。そのとき言葉はきわめて重要になり、そうした言葉の反復が、信じやすい人々を催眠状態に陥らせるのである。#fedibird
社会は私たちの関係の産物であり、もし私たちが持つ関係が、混乱した、自己中心的な、狭い、限定された、国家的なものなら、私たちはそれを投影して、世界にカオスを持ち込んでしまうのです。【人生をどう生きますか?セクション1第1章第6節・自我の終焉第3章より】#fedibird
意見を養い、それを鋭利で堅固なものにしていくことはできる。そしてわれわれのほとんどの行為はこの好悪原理に基づいている。経験と知識は堅固にされ、それは行為に現れる。けれども、そのような行為は人と人を互いに分かつものとなる。#fedibird
あなたが何も知らない向こう岸、理知にたけた思考によっては補足できない別の次元から歩き始めてみたまえ。#fedibird
世界はあなた自身の延長であり、世界は複製され、増幅されたあなた自身なのです。【人生をどう生きますか?セクション2第5章第2節】#fedibird
普通考えられている意味の規律とは、愚にもつかない特定の政治的、社会的あるいは宗教的な是非や賞罰の決まりに順応することであって、順応とは模倣、抑圧、あるいは現実を何らかのかたちで歪曲しようとすることである。#fedibird
自分自身を知るということは、行動している自分、つまり自己と他者の関係を知ることです。それが困難なのは、私たちがあまりに性急で忍耐がたらないからです。私たちは進歩を望み、目的に到達することを願うあまり、学び、観察している時間も余裕もないのです。#fedibird
あなたが食べている時は、ただ食べなさい。散歩に出かけている時は、ただ散歩しなさい。「私は何か他のことをしなければならない」と言わないように。その行為に完全な注意を払いなさい。#fedibird
「孤独」とは文字通り、何者にも染まらず、天真らんまんで自由であり、そうしてばらばらではなく一個の全体として、凛としてそこにあることである。#fedibird
教育や社会は、我々を戦争に送り出し、我々にとってかけがえのない美や心の優しさ、喜びの気持ちといったものをことごとく破壊しているのである。#fedibird
もしもあなたが恐怖そのものであり、あなたと恐怖がふたつの別々のものではないということに気づけば、恐怖は消えてなくなる。そのときには、公式も信念も一切不要である。そのときには、あなたはただあるがままのものとともに生き、その真実を見ることであろう。#fedibird
あなたが単純になればなるほど微細なものが偉大であることに気付く。#fedibird
インドの宗教家、哲学者クリシュナムルティ(1895-1986)の珠玉の言葉をお届けします。1日に4回、時に沈黙、時に暴走。09年よりTwitterにてご愛顧賜っていましたが、23年7月にapi接続不可になりました。23年1月よりfedibirdにお世話になっております。当初はIFTTTにて連携していましたが、23年4月、自動投稿プログラムを作り運用始めました。
書籍をお求めの節は→https://stonedpc3.wordpress.com/