シューベルト:「歓喜に寄す」D.189
アルノルト・シェーンベルク合唱団
エルヴィン・オルトナー(Cond.)

もちろん、あの「第9」に使われたシラーの詩そのものにシューベルトが曲を付けたもの。1814年作曲なので、「第9」より10年ほど早い。シューベルトはこの時17歳くらいだったことになる。

何せ「第9」で馴染んだ箇所が多いのでドイツ語を喋れない私でもかなり聞き取れるw。但し、シューベルトはシラーの詩を全編忠実に作曲しているので、ベートーヴェンがつまみ食いして使わなかった箇所はこの限りではない。

シラーは1805年には亡くなっているので、当然シューベルトやベートーヴェンが曲を付けたことは知らずに生涯を終えたことになるが、彼がどちらを取るかと言ったら多分シューベルトの方だろう。ベートーヴェンの方はシラーの詩の一部しか使っていないし順番は入れ替えている詩で、ひょっとしたらかなり激怒するんじゃなかろうか。

でも、どっちが人口に膾炙したかと言えばもう言うまでもない現状がある。因みに、「第9」が初演されたのは1824年5月7日のウィーン、あと2ヶ月あまりで初演からちょうど200年ということになる。

おまけに、勝手な「序詞」まで付け加えられてる……。>激怒

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@november1952 まぁ、「第9」のあの楽章は「『歓喜に寄す』によるファンタジー」と言った方が良い構成ですしね。飽くまでも交響曲を締め括る「素材」に活用しました、という程度のノリで、あの詩から好きなところを引っ張り出して来た、というところでしょうね。

むしろあの2行でよく留めた、という感じさえしますよね。バリトンソロと同じ旋律奏でるコントラバスは遥かに長い訳ですし。

原型と言われる曲も「合唱幻想曲」ですしね。>ファンタジー

@november1952 5番6番の初演に合わせて急いで書き上げたにしては、全く新しい構成の曲を世に送り出したという点で、ベートーヴェンの作品リスト中で不思議な存在になってますね。

多分構想としてはその前から既にベートーヴェンの頭の中にあって、5番6番初演時に何か別の曲で締めようと考えた時にそれを一旦は形にしたのかな、という気がします。それが16年もの時を経て「第9」で結実したと。

なるほど、そういう経緯だったんですね。構想を形にするまでの粘り強さと、彼の音楽のある種の「しつこさ」とは、どこかで通底してる気がします。

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