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風景論、すごく刺激的な一方で、ここで対象化されている「風景」とは果たして何なのか、そのようにある種の実体化をしていい概念なのか、むずいなと思う。映画や写真といったメディアと結びついた議論であることを前提としているからなおのこと厄介というか。風景というのがイメージの問題なのか都市や自然の問題なのか……。風景に埋め込まれた不可視の権力、みたいな発想でいうとシチュアシオニストや都市論・空間論の流れ、ゴードン・マッタ=クラークやらダン・グレアムなんかを突き合わせて考えたくなるものだが果たして……。松田政男や中平卓馬をちゃんと読んだほうがいいのか。

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