8月からの原爆、そして終戦記念日。メディアは一斉に戦争の災禍の無数の経験を語り、それは貴重なのだが。

そこにはいつも災禍の犠牲になった無辜の人びとのみがかたられ、災禍=悪を引き起こすにいたった罪のある人間たちを指す主語がない。

戦争を引き起こし、協力し、実行に手を貸した人間たちの名前がない。

かれらが何を戦前、戦中にしたかが語られない。

かれらが苦しめ、傷つけ、時には残酷に死を与えた多数の人びと、集団に対しての名前も与えられない。

岸、兒玉、笹川といった無罪で放免されたA級戦犯者たちの名前もなければ、かれらが戦後なにをしたか──2023年の現在までにいたる、戦争の罪は問われない。

ウィシュマさんが名古屋の入管施設で残酷に放置されたま死を迎えたのとほぼそのままに、戦後二ヶ月経ったというのに、政治囚のまま豊多摩で疥癬を放置されて枯木のように死んだ、三木清のようなひとの名前がない。

戦争は自然災害ではない。引き起こし、担いだひとがいる。最悪なことにかれらは戦争を終わらせた自覚も覚悟をもてないままだった。国もまた断線を引けなかった。だから今もまた、戦前・戦中の亡霊は生きている。

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何回か繰り返しで言ってるかもけど、日本の『平和主義』の正体、単なる厭戦主義でやらかしたことへの反省皆無ってところなんだよなぁ。 [参照]

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