季節外れも甚だしいが、クリスマスの思い出。
自分はクリスマスには狂乱の激混みで賑うフライドチキンフランチャイズ店でバイトしてた。で、足りない人手を補うためにやって来たのが恐らく知的障害を持つ子だった(見たところ10代)。高音の油を使うキッチンはバイトでも熟練さんしか入れないので、我々下っ端の者はサイドメニューを扱う別キッチンか接客に回る。彼女は接客は苦手なようでサイドキッチンに回された。
が、いろいろが覚えられない。ただでさえ忙しいのだが、加えてクリスマスの狂乱。優先順位をテキパキと決めながら(時には変えながら)入る注文をこなさなきゃならない。彼女はオロオロしっぱなし、周りは"使えない"とイライラしっぱなし、次第にキッチンの隅で立っているだけのような状態になった。
自分は気の毒に思ったんだ。"自分は役に立たない"と自覚しながらキッチンの隅で立っていなきゃならない時間はどれほど辛いだろう。なんて言うか、共感したんだ。お達者なプロミュージシャンの中に放り込まれて"トーシローが何ができるの?"みたいにガンガン無視されながら楽器を抱えて立っていなきゃならない時間を想像してしまって。あんな辛い

気持ちは滅多にない。ほんと、消えたくなるくらい惨め。
だから声をかけた。「手伝ってくれる?」彼女は最初はオドオドしていた。が、その前に遅いながらもパイ生地の形作りやポットパイの焼成セッティングが得意そうだなと見ていたので、それをお願いしたんだ。「急がなくてもいいよ。綺麗に作ってね」と言って。
そしたら、そりゃもう綺麗に仕上がる。丁寧に丁寧に次から次へとポットパイがセッティングされて行く。「うわあ、綺麗だねえ。お客さんが喜ぶね」と言うととても嬉しそうに笑って、更に綺麗に仕上がるように工夫までしてくれる。しかも、スピードもどんどん上がって、注文にも充分間に合うようになった。2日目、3日目、彼女の技術は瞬く間に上がって、ポットパイ以外にもサラダなんかの美しい盛り付けもできるようになった。
話すことは苦手で接客は難しかったけれど、サイドキッチンの奥で黙々と美しいポットパイやサラダを仕上げてくれる。そしたらバイトリーダーのおばちゃんが「ちょっと、これ誰が作ったの?綺麗だねえ」とお声かけしてくれた。「彼女ですよ」と言うと「いや、あんた、上手だねえ。頼むね」と。彼女はほんとに嬉しそうに笑って、

その日は何とサイドオーダーに限ってはお客様をお待たせせずに済んだ。スタッフ同士のおしゃべりや接客、新しいことは苦手だっけれど、そこは分業システムの整った職場だ。それができなくても問題ない。
そしてクリスマスイブ、狂乱の最高潮、スタッフの殺気も頂点に達する謂わば本番の日、彼女はもう大車輪の活躍で美々しいポットパイを途切れることなく作り上げた。忙しく立ち働く合間に「頑張ろう」「疲れたね、大丈夫?」と声をかけるが、彼女は「大丈夫」と答えるだけで休憩もそこそこに職場に戻る。頑張らせ過ぎては、無理をさせてはいけないと気をつけていたが、彼女はやり切った。
ぶっちゃけ、私は誇らしかった。こんなに頑張れる、こんなにすごい仕事ができる、彼女がそのことで笑顔になれる、それが自分に重なって、めちゃくちゃ嬉しかった。やればできるんだよ、我々はさ。そんな気持ち。自信を持ってくれ。あなたは能力がある。そう伝えたかった。そう言おうと思っていた。
が、その日、店がはねてから彼女の母親が来た。彼女を迎えに来たんだ。
そして「ここへ来てからうちの子は生意気を言うようになった」と。家で仕事ができたことを話したらしい。

「うちの子は障害がある。まともな人間じゃない。そんな子を一人前に仕事ができるような錯覚をさせてもらっては困る」と。
その後、店の外でかなり長い間彼女は母親に叱られていた。何を話しているかはわからなかったけれど、彼女はうなだれ、オドオドと周りを見て、そして初日、仕事ができなくて独り立ち尽くしていたあの彼女に戻ってしまっていた。
私は何も言えなかった。私はただの赤の他人。彼女に対して何か責任を取れる立場でもない。彼女のこれからに責任を持ち、支援していくのはあの母親だ。
結局彼女はそれっきり店には来なくなった。クリスマス当日。彼女はいなかった。店は相変わらず忙しく、自分らはポットパイをセッティングし、サラダを盛り、サイドオーダーをこなした。彼女がいなくても仕事は回る。そりゃそうだ。それが職場。だが、やっぱりみんな空いた穴を感じてはいたよ。彼女はあそこで確実に店を支えるスタッフの1人だった。
あれから彼女には会っていない。顔も覚えていない。だが時々思います。どうか彼女がまたあんな笑顔で何かに打ち込む瞬間が訪れますように。伝えられなかったけどあなたはダメじゃない。ほんと、ダメな子じゃないんだよ。

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@salaii はじめまして。一連の記事拝見しました。
彼女も素晴らしかったし、はじめオドオドしていた彼女の特性を鋭く見抜き仕事をフィットさせたあなたの能力も素晴らしい。
この話で唯一駄目なのが母親。ただ、僕もこの母親を非難できない。

支援と支配を勘違いしてはいけない。そう思います。

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