旧ツイッターではノンバイナリーへのヘイトも凄まじくてつらい。攻撃的な発言から「私だって女であることがこんなに辛かった」みたいな語りに接続しているのもよく見かけるけど、その「辛さ」はノンバイナリーのせいじゃないし、「出生時に女を割り当てられた以上はずっと『女』でいろ」と言っているようにしか聞こえず、あまりにも呪いなんだよな…
「性役割の押し付けを拒否するとノンバイナリーになるのか」的な投稿も減らない。きちんと「そうではない」と言ってくれている人がたくさんいるのに…
あと中高年になってから自分のジェンダーアイデンティティやセクシュアリティがわかることは余裕であると思う、私はいま40代半ばだけど、自分これかも!というカテゴリに出会ったのは40過ぎてから。
「アセクシュアル」という語には20歳ぐらいのときに出会っていたものの、ヘテロよりはそっちに近いけどそうとも言い切れず、名乗るのはちょっと…という感覚がずっとあった。
A-specもそうだけど、ずっと「いない」ことにされてきて、ようやく「ノンバイナリー」という名前/概念を知って、やっぱり「いる」んだ!私は、そして私以外にもちゃんと「いる」んだ!と思えた人たちに「気の迷いでは」「そんなものはない」みたいな言葉を投げつけること、ひどい暴力だよね。