たとえばこんなのも、明らかに福祉に繋げるなど「真面目な対応」をとらねばならない、少なくともその可能性を第一に考え、かつこうやってSNSにあげるようなことはしないのが当然であるような事象なんだけど、こういうことを真面目に伝えてもこの本屋は真面目に受け取らないのが目に見えてるし、仮にまともな者たちの目にとまって拡散されたとしても、そこにやってくるのはインプレッション稼ぎのアカウントだし、そもそも子どもが写ってしまっている以上拡散すべきものでもない。(TL見るとそのあと母親も写ってる写真をあげていて、この本屋はこれを「ウケるネタ」としか思ってないことがわかる)
https://x.com/kikinonatasyo/status/1727619746454180022?s=46&t=chyQfs6W2RfeREPFeTQ2mA
そういう「消費」の対象に自分がされることに疲れてしまったというか、それに耐えられるだけの余裕がないというか。
いいねやらリツイートやらがたくさんされなければ権威=説得力がないとされ、バズればインプレッション稼ぎの材料にされる、そういう環境でまっとうな言論活動ができるのだろうか。「ウケた」者が勝つ世界では、真摯さはそのためのネタにされるだけ。それでもなお戦わねばならないのだろうけど、いまのわたしにその余裕はない。