「大乗仏教は「空」の思想を確立するよりも前に、「他者としての仏」という思想を経典中に展開してきたことが知られる。・・・しかし、「空」よりも前に他者や死者の問題が大乗仏教の最初の問題だったとするならば、従来の大乗仏教理解はもう一度問い直されなければならなくなる。
「空」が問題になるのは、むしろこのような他者問題を前提としている〔から〕とも言える。なぜなら、他者とは、客観的にそれ自体として存在するものではなく、私との関係において問われるものであり、存在より関係が優先されなければならない。関係とは、初期仏教以来の用語で言えば「縁起」であり、存在の優位性を否定する「縁起」=関係の立場が「空」とされるのである。
このように文献に基づく思想史の読み直しは、ステレオタイプ化された哲学の再検討を要求し、他者論を根底に置く新しい哲学の可能性に道を開くものとなる。」(末木文美士『死者と菩薩の倫理学』ぷねうま舎2018年,p.132)