最近、中世イスラム圏の一部の史料にみられる特異なピュタゴラス表象に関心を引かれ、古今の論文(といっても、さほど多くはない)を拾い読みしている。全般的にいえそうなのは、これまでも現在も歴史家たちの関心は古代の伝記等からの実際の借用関係に集中しているということ。彼らはムスリムによる創造的捏造にはあまり関心がないらしい。例外的にサファヴィー朝期の哲学史研究(e.g., ミール・ダーマード、モッラー・サドラー)では、この次元に関心が払われているが、17 世紀以前の 500-600 年は巨大な空隙になっている。これはヘルメスをめぐる研究状況とくらべると、だいぶ立ち遅れの感が否めない。ヘルメスの名を冠した膨大な中世アラビア語文献 Arabic Hermetica は、古代ギリシアの対応物 Greek Hermetica と、ほとんど直接の関係をもたないとされるが、それ自体の重要性のために、ある程度の研究は行われている。アリストテレスが弟子のアレクサンドロスにヘルメスから伝わる秘密の叡智を授ける、という体裁で捏造された Ps.-Aristotelian Hermetica も、最初期アラビア魔術史を代表する超重要史料として、近年、飛躍的に研究が進んでいる。擬ピュタゴラスの実態研究も、同様に進められるべきだとおもう。