小川洋子 著『まぶた』は不思議で風変わりな8つの短編集。
眠りの物語、少女と中年男の逢瀬、不安な一人旅、匂いの収集の話など、繋がりのない短編集で設定もさまざまなのに、どこか共通したものがあった。
印象としては、どの登場人物もまるで音もなくゆっくりと崩壊していくようだった。
彼らがまとう空気には確実に死のにおいが感じられる。生きているからこそ死が感じられるのだろうか?その二つには大きな違いがないように思えてくる。
物語全体に色褪せたフィルターがかかっているようだ。生と死がそんなに遠いものではなく、誰もそれを恐れていないように見える。
それぞれに悲しい出来事や上手くいかなかった人生を抱えながら、今多くを求めず穏やかに生きている人々を見ると、心が静けさに満ちてくる。
大事にしているものを壊さないように、細心の注意を払って丁寧に扱っているような生活を、こちらも息をひそめて見守る。その静けさによって、わずかな空気の震えさえも聞こえてきそう。
かつての美しい記憶と、現在手の届く範囲のものを愛していくという生き方をして、いつかの死へ向かっていく様子が不思議と心を落ち着けるのだ。
その一瞬を閉じ込めた標本のような短編集だった。