学部時代に上代特殊仮名遣いに関わる知見、そのなかでも中国語音韻学でいう重紐から音価推定に迫る手法に興奮したのがこの道に入ったきっかけの一つだった。ただ古代文献同士を比較して推定していく方法に、どこかフィクショナルな印象も抱いていた。上代文学の先生が「上代特殊仮名遣いなどというが誰がそんなものを見てきたんだ」といって、旧国語学を笑うこともあって、なおその印象を強くさせていたように思う。
特に2010年代以降、海外の研究にも育てられて琉球諸方言の研究が飛躍的に進んだ。琉球諸方言の音韻対応から、比較言語的手法によって琉球祖語が仮定され、さらに上代日本語と共通の祖語である日琉祖語(Proto-Japonic)の研究も進むことになった。服部四郎『日本祖語の再建』が出版されたことも相まって、上代日本語のアップデートも待ったなしの状況である。服部四郎が難しいことをやっているという程度で済ませてきたのが、日本語音韻史の書き換えにまで影響が出てくるとこちらもちゃんと勉強しなければならない。一段低く見がちなWikipediaも重要な知的リソースの一つとなりつつある。(1/n)