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親と趣味が近くてそれぞれ好きなものを日々ディグっているので親と話すだけでそれなりに得るものがあるが、これ親が死んだらマジで孤独じゃんと思わなくもない

ブルーピリオドを親に読ませたら、「夭折の天才画家」真田まち子のモデルは中園孔二なんじゃないかと言われた そういう人がいたことを知らなかった

北野武の「アキレスと亀」、アキレスが亀に追いついたのが何の比喩なのかまだ理解できてない 何年後かにまた観ようかな

昨日までだったTSUTAYAレンタルを観きれなかったので、1日分延滞金を払って今日全部観ることにした そういう自由もある

よくない 来週平日に行かせてもらお……

今日こそ眼科いく…‥と思ってたのに間に合わない時間になってしまった

わからん、2月くらいにクソ病んでるかも

毎年冬は憂鬱だったけど、今年は忙しすぎると落ち込む暇もないということがわかった 仕事で人間と話す機会が劇的に増えたとことも病んでない要因の一つではある

なんか聞いたことあるリフが流れてる…と思ったらアートスクールの車輪の下だった 元ネタはなんなんだ
music.apple.com/jp/album/ハネモノ/

ボーナス出てた 滞納してる食費払うか……

誰が物事のどの部分を把握しているのかの理解、登場人数が多くなるほど難しくなるし、ワーキングメモリの問題だなあ

これがあの!サリーアン課題!の現場実践例! と感動してしまった 自分が知っていることは他人も知っていると完全に思い込んでいた

聞いてください 初めてサリーアン課題ができませんでした

医療に関しても結局、顔や身体を整形するのと性別変えるのとでそんなに決定的な違いがあるのかよくわからなくなってきた 自分の思う自分になりたい、という点で同じでは

性的指向も外から見えない点に変わりはないのに性自認は認めないのか、という論理は、わかるようでもあるしわからないようでもある 他人を性的に好きであるときの感情や身体反応は社会的にある程度の(とてもざっくりした)共通認識はあるようだし、行動としても外から観察できる 一方で「自分を女性である/男性であると感じているときの感じ」は共通認識がなく(そもそもそのような「感じ」について意識的に考えたことがある人が少ないのではないか)、行動は内心よりもジェンダー規範や身体の制約の方に大きく規定される、と一見思われる気がするが、よく考えれば「他人を性的に好きであるときの感情・行動」も社会的な恋愛規範に規定されているので、確かに同等という気もする

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