Zoya Patelの“Displaced”もほんのりSFで、語り手はフィジー系オーストラリア市民の女性です。大学ではアートを専攻していがしたが、今は役所で事務員をしています。世界中から気候変動で難民となった人たちがオーストラリアに押し寄せ、社会に余裕がなくなり……という話です。これも恐らくはかなり私小説に近いですが、パンチラインの多さや切実さから本書の白眉ではないかと思います。
他にSF風味が明確な作品には、おそらくゲイ寄りのバイセクシュアルであるアラブ系の語り手の視点から、白人のみがかかると噂される感染症で社会が混乱する様子を描いたOmar Sakr“White Flu”(コロナ禍前に書かれたそうです)や、Claire G. Colemanの周囲からの評判が落ちると市民権が剥奪され、突如として不法移民のように扱われる“Ostraka.”などがありました。
アンソロジー'After Australia'は総じて社会に牙を剥かれる恐怖や規範から疎外される体験を綴った話が多いです。しかも日本とも地続きの、かなり普遍的な問題として捉えられました。
たとえば女性2人の家庭に精子ドナー提供を受けて生まれたインド系オーストラリア人の私小説であるSarah Ross “Stitches Through Time”の、神父や政治家のなにげない発言(自分の家庭が考慮されていない、認められていない点に)に傷つき続けるくだり。
あるいはコンゴ系オーストラリア人Future D. Fidelの“Your Skin is the Only Cloth You Cannot Wash”は、ソーラーパネルの訪問営業の仕事をしていたら各戸を回っている間に警察を呼ばれ、住人不在の住宅からテレビを盗んだ容疑で留置所に連れていかれ、取り調べを受けた逸話です。