凄腕ボディガード清光くんとセキュリティ会社経営者の則宗くんのおはなし 

 仕留めたと思った。
 確信だった。獲物を振り下ろす瞬間、予感のように脳裏に相手の首が転がる光景が浮かんだ。
 その光景はいわば福音で、これまでにそれを見て実現されなかったことは一度もなかった。
 だが、男の首は落ちなかった。
 走らせた刃は、なにげなく持ち上げられたとしか思えない笄に食い込み役目を果たし損ねていた。
 拮抗する力のせいで両者の筋肉が小さく震えている。
 完璧だったはずだ。張り巡らされたセキュリティをかいくぐって標的の寝室に忍び込み、眠る男の首を一刀のもと斬り落とす。極めてシンプルで、それでいて難易度の高い任務ではあったが、下準備は万全だったし実行にあたってのトラブルも懸念もすべて排除してここまで来たのだ。
 だが、
「いい太刀筋だ、坊主」
 笄一本で刀を止めてみせた男は、臥床の上でそう言って笑った。
 その瞬間、恋に落ちた。
 加州清光の、それが初恋だった。

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一文字則宗の朝は早い。
 不本意ながら毎朝実に健康的な時刻に起床することを強いられている。
 今日も則宗は、目覚めと同時に愛らしい笑顔を至近距離で拝むことになった。
「おはよ、くそじじぃ♡」
 満面の笑みでベッドに潜り込んでいるのは加州清光だ。愛らしい口許のほくろがいよいよ際立つ、つやつやのリップで唇を入念に光らせている。
「ああ、おはようさん、くそ坊主。物騒なものはしまいなさい」
 唇と同じくらい念入りに手入れをした本性——加州清光本体を、そっと押しやりながら言い聞かせる。清光は不満げに、しかし愛らしさを損ねないよう完璧な表情管理で頬を膨らませた。
「これが俺の愛なのに」
「ありがたいが間に合ってる」
 もぉー、と唇を尖らせた清光はベッドを降りる則宗を枕に頭を預け刀を抱いたまま目で追っている。
 眺められながらの着替えにまごついたのもはじめのうちだけだ。則宗は絡みつく視線を無視して寝巻きを脱ぎ、赤い戦装束を小さなクロゼットから引っ張り出した。
「今日はどこ行くの」
「一度政府に顔を出す。その後は……」
「俺とホテルでしっぽり?」
 則宗は無言で脱いだ寝巻きを清光の頭に向けて放った。華やかな笑い声が上がる。

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「もー、シャイなんだから。わかってるよ、現世でお仕事だろ。お供しますってば」
 猫のように音もなくベッドから抜け出し、清光は則家の背後に立った。細い指先が上着の縫い目をなぞり肩布のひだを整えていく。
 背筋を冷たいものが走る。今この瞬間も、清光は則宗の首を落とす隙をうかがっているのだ。
 則宗は何食わぬ顔で腰に大刀を佩き振り返った。
「ああ頼む。さて、行くとするかね」
 
 二二〇五年にはじまった戦争は泥沼の様相を呈し、多数の脱走兵を出すというかたちで新たな局面を迎えつつあった。審神者の本丸放棄が多発し、かりそめの主を失った刀剣男士たちが万屋の所在する位相に不法に住みつき街を形成するに至った。政府ははじめかれらを黙殺し、ついで利用することを思いついた。
 最初は脱走審神者の捕縛。それから要人警護、暗殺。さらに、そういった依頼のために街へ来る人間を接待する店。
 男士たちには商才があった。人間の求めに応じ仕事を請け負うだけでなく、求められる前に新たなサービスを次々と生み出し人間に差し出してみせた。しかもそれを、組織的に行った。かれらは徒党を組み企業を立ち上げた。

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 一文字則宗は、いち早く会社を作った男士のひとりだった。適当な屋号を掲げて需要の最も多かった要人警護からスタートし、警護対象の自宅や別宅のセキュリティのコーディネイトに手を広げた。
 それ以上手を広げなかったのは厄介ごとを嫌ったからだ。組織のセキュリティを担当すればその組織に与していると見られかねない。人間の派関争いに巻き込まれるのはごめんだった。
 それでも敵は生まれた。護衛を依頼する人間たちを狙う連中にとって、則宗は厄介な存在だ。人の法の外にあり、しかも人より強い。則宗の排除を望む者たちが別の男士の営む企業の手を借りるようになったのは、ごく自然ななりゆきだった。
 こうして清光は則のもとへ派遣された。
 あとの顚末はきわめて単純だ。清光は失敗し、寝返った。属していた組織を抜け、「あんたの寝首をかくにはこれが一番いいから」と家の皆護を買って出たのである。はじめは拒んだ則宗だったが、送り込まれた刺客を三人まで清光が撃退したところで降参した。かれを引き抜き、自らの専属ボディガードとした。

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 清光の強さの根幹は、その節操のなさにあった。かれは使えるものは何でも使う。一番の得物である自身の本性はもちろん、飛び道具を使うことも一切ためらわなかった。銃器の扱いに長け、場所が屋内であれば罠も張る。則宗が自社で策定するセキュリティプランは、皮肉なことに清光という刺客によっていっそう強固で洗練されたものになった。

 そうやって、二年が経つ。
 清光は自分の少し前を行くの、揺れる髪の間からのぞく白いうなじをうっとりと見つめた。
 いつかここに自分の本性を埋めるのだ。赤くしぶく血潮のあたたかさを想像するだけでくらくらとめまいがする。
 かつて加州清光は至極な審神者につかえていた。
 可愛がられていたし、よく使われてもいた。戦績もそれなりにいい本丸だった。
 ある日、審神者は遁走した。
 前ぶれはなかった。いつものように「ちょっと散歩してくる」とふらりと出かけて——単身での道選はかれの日課だった——そのまま戻らなかった。捕縛されたという話は聞かなかったから、かれが何を思って戦線を離脱したのかはわからない。ただ、自分たちは棄てられたのだということだけは清光にも理解できた。

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