ドラゴンカーセックス加則加
一目惚れなんだ、とその龍は言った。
「なあ坊主、僕の巣へ行こう。僕の花嫁になっておくれ」
甘い声が頭上から降ってくるが、清光は生きた心地がしなかった。はたから見たら完全に捕食だ。巨大な龍が立派な前肢で真っ赤な車を掴んで空を舞っているのである。眼下には、その日眺めるつもりでいた湖が初冬のやわらかな陽射しを弾いてきらめている。
──落ちたら死ぬ。
清光は全身から力が抜けていくのを感じた。
清光はその日、湖のほとりを走っていた。紅葉はすでに終わり雪にはまだ早いこの季節、観光客の足が途絶えるところを狙って出掛けてきたのだ。
小さな駐車場を見つけ、ここらで一度休憩を、と思ったその瞬間、突風に煽られて清光は空へと攫われた。
「なに!?一体なんなの!?」
「僕は一文字則宗」
歌うような甘い声が窓から飛び込んできたのはその時だ。同時に、真っ暗になった車内に陽光が差し込んだ。
爬虫類のような鱗のある巨大な指と尖った爪が車体を掴んでいるのだと理解するのに、かなりの時間を要した。現実のこととは到底思えなかったのだ。
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「昔からここいらを縄張りにしている……まあじじぃだな、うはは」
照れたような響きが笑い声に混じる。
言われて清光は、この地方に伝わる民話を思い出していた。
昔々、火口から降りてきた龍が湖に住み着いたが、いたずらが過ぎて旅の僧に懲らしめられ、以後この一帯の守り神になった、というものだ。
「久しぶりに目が覚めて散歩をしていてお前さんを見つけたんだ」
龍は浮かれた声で言う。
「一目惚れだよ、年甲斐もないと笑うかい?その林檎みたいなほっぺたときたら、食っちまいたいくらいに愛らしい」
──それは多分ボンネットです!
「つやつやの唇の形の良さときたら、空にかかる月も恥らうだろうよ」
──多分それはバンパーかな!?
「何よりその目だ。赤くて丸くて、きらきら光ってまぶしいくらいだ」
──もしかしてブレーキランプのこと言ってる!?
だが清光のつっこみは龍には届かない。ご機嫌な龍はひらりふわりと舞いながら山肌を這うように飛び、火口近くに静かに清光を下ろした。
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「本当なら雪化粧か山の錦の中で新枕と行きたいところだが、あまり寒いとお前さんが辛いだろうからな」
──そうだね寒いとエンジンがね!
龍なりに清光を気遣ってくれているようだが、強引に山の上まで攫ってきた上にこちらの意向を完全無視で交尾に及ぼうとしているという事実に変わりはない。何より交尾の実態がまったくわからない。
龍ってなんなんだろ、蛇?とかげ?とにかく爬虫類なの?爬虫類ってちんこどうなってんだっけ?
清光は愛車の真っ赤なホ◯ダフィットの中でハンドルを握りしめたまま青くなった。
この龍はどこからチンコを突っ込んでくるつもりなんだろう。リアウィンドウから?まさかフロントから来ることはないだろう、さっきバンパーあたりを口だと言っていたし……しかし窓からちんこを車内につっこまれたら、多分中にいる清光は無事ではすまない。というか車内が多分ぐしゃぐしゃになる。こないだやっとローンが終わったばかりの俺の愛車なのに。
「はぁはぁ……坊主、ちゅーをしよう……」
突然フロントガラスいっぱいに龍の顔が迫ってきた。にゅるん、と長く赤い舌が動き回り、ワイパーの隙間あたりをちろちろやっている。
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「ヒッ」
恐怖のあまり声がひっくり返る。
どうしよう。下手をしたら力加減のわかってなさそうなこの龍に、車体ごとぺしゃんこにされて死ぬのでは?
乗っかってへこへこ腰を振られたらその衝撃だけでドアも何も吹っ飛んでしまいそうだ。
「ああ坊主……」
龍は何やら悩ましげな声を出してフロントガラスを涎まみれにしている。とがった爪のついた前肢がサイドミラーをこちょこちょしているのは耳への愛撫のつもりなんだろうか。
ゆっさゆっさ揺れる車内でどこか逃げる場所はないかと視線を走らせた清光の目に、バックミラーごしの景色が飛び込んできた。後部座席のドアが何かの衝撃で開いたらしく、車が揺れるたびにひらひらと半端に開閉しているのが見える。
「……あそこなら……!」
清光は身を捩るとシートベルトを外し、シートを倒して後部座席のドアに手をのばした。ぎっしぎっしと嫌な音を立てて揺れる狭い車内では思うように動けず、しかもドア自体が動くせいでなかなか手が届かない。あと少し、と思い切り伸ばした手がドアに届いた瞬間、車の動きが止まった。
「ああ、そこから入るのか」
心底嬉しげな声が地響きのようにドアの隙間から入り込んできた。
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清光は震え上がった。入れる場所を知られてしまった。いや入れる場所ではなく乗車する人間が出入りするための場所なのだが、そんな理屈を龍が知っているとは思えない。
絶望する清光の目に、龍の巨大な鼻先がドアを器用に開けるのが見えた。
「ひ……ぃっ……」
「うん……? 狭いな、えいえい」
にゅるんと髭が入ってきた。シートの上を這い回るそれは、まるで鞭のようにしなやかで金色に光り輝いている。限界いっぱいまで開かれたドアが悲鳴を上げているのも忘れて見惚れてしまいかけた清光は、巨大な鼻からむふーっと興奮したような息が車内に吹き込まれた瞬間我に返った。
「む、無理だよ!車は人間用なんだから龍が入れるわけないだろ!ちんこなんか絶対入らないし入れたら壊れる!」
言葉が通じるとは思えなかった。人間の言語は理解するようだが、出会った瞬間から今に至るまでこの龍は一度も清光(の乗っているホ◯ダフィット)の意向を確認していない。無駄と知りつつ叫んだのは、一縷の望みにかけたと言うよりはやけぱちだった。
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「人間?」
が、意外なことに龍の反応があった。
よく考えたらここに至るまで清光だって悲鳴以外の言葉を一度も発していなかった。向こうは向こうで、車というのが中に人間を乗せて移動するものだということを知らなかったのかも知れない。
「お前さん、人間なのかい」
「そ、そうだよ!あんたが好きなのはこの車なんだろ、だったら俺は関係ないじゃん、か、か、帰らせてよ!」
後半は泣き声になってしまった。
「ふむぅ……」
唸るような声とともに、車の軋む音が止んだ。とぐろを巻いて車体を抱き込んでいた鱗が窓から見えなくなる。
助かった、と思った次の瞬間、
「どっこらせ、……あいて、なんだこりゃ、狭いな」
金色の髪をした人間が後部ドアから入ってきた。いや人間なのか? 肌がまだらに翠玉のような色をしてきらきら光っている。おまけによく見ると金色の髪の間からは立派な黄金の枝角が飛び出している。
「よいせ」
と運転席の後ろのドアから入り込んだ全裸の人間? は、全身を車内におさめてしまうと立派な龍の尻尾でドアをばたんと閉めた。
「これでよし」
満足げに笑う。
いや、何もよくない。何一つよくない。
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だが、清光の恐怖は龍人間が顔ゆっくりと顔を上げた瞬間霧散した。
やばい、すごい好きな顔してる。
めちゃくちゃ美しい顔だった。そりゃ龍なのだ、人間が想像し得る美しさの上限を突破してきたっておかしくはない。だがそれにしたってここまで好みを結晶化させて織り上げたような顔をしているとは思わなかった。
どちらかと言えば幼い印象を与える顔立ちだ。鼻筋はすっきりと通ってはいるが顎は小さく、骨格それ自体がさほど大きくないように見える。ただしそれは顔つきだけの話だ。身体は違う。空を待っていたあの龍が人の形を取ればこうなるというのがよくわかる、まるで鞭のようにしなやかで厚い筋肉を纏っている。皮膚は日差しを知らないもののように白く、そのところどころが碧玉のような色の鱗で覆われていた。立て髪そのままの金色の髪が顔の左半分を隠しているが、澄み渡る春空のような色をした眸と言いいたずらげな笑みを浮かべた唇と言い、隠されている半分を補ってなお余りある麗しさだった。
清光は抵抗をやめた。やめたと言うよりは、完全に忘れた。魂を奪われたように、ぽかんと龍を見つめた。
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鋭く長い爪がのびてきて、清光の頬にそっと触れた。覆い被さる龍に無理強いをされたわけでもないのに、清光はおとなしくシートの上に寝そべった。龍は狭苦しい車内であちこちぶつけ、尻尾でクラクションを叩いてびっくりして飛び上がったりしながら清光をまじまじと見つめた。
「てっきりこの妙な生き物の魂魄かと思ったが──そうか、これがお前さんそのものなんだな」
妙な言い回しを頭の中で捏ね回し、清光はようやく理解した。この龍ははなから赤いホ◯ダフィットを追い回していたのではなく、清光に目をつけていたのだ。ほめていたのはバンパーでもボンネットでもなく、自分の頬だの唇だったのだ。
「改めて聞こう」
その龍は言った。
「僕は一文字則宗。ここいらをねぐらにしている龍だ。お前さん、僕の番になっておくれ」
龍の番とやらが具体的に何を指すものなのかを、龍は──則宗は──一切説明しなかった。そんなの有名だしわかってるだろ、と思っていたのか、単に面倒だったのか、あるいは言えば逃げられるからふせておこうと思ったのかはわからない。だが清光の返事は決まっていた。
断ったところでそれが聞き入れられるとも思わなかったが。
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「なる」
清光はきっぱり頷いた。
後から思い返してみると、恐怖と興奮で判断力が死滅していたとしか思えない。何をされるのかもわからない、そもそも相手がどんな存在なのかもわからないのにその番になることを承諾するなんて、たとえば裁判沙汰にでもなったら間違いなく「当時の加州清光は異常事態に直面して事態を冷静に判断することができなかった」とかなんとか言われるやつだ。
「なるよ、俺。あんたの番に」
「そうか!」
ぱっと則宗の顔が輝いた。文字通り後光がさす勢いの煌めく笑顔に清光は呻いた。
「それならさっそく契りを交わそう。善は急げと言うからな、うはは!」
清光はその笑い声にもときめいてしまう。
契りってなんだろ、何かこう、厳かな誓いとかを立てるのかな。神様寄りの存在っぽい感じだし、なんかきらきら光っちゃったりするのかな。
どきどきしていた清光は、さっきまでこの男が車のフロントガラスをハァハァ言いながら舐め回していたことを完全に忘れていた。
「この姿で契るほうがいいだろうな」
「? う、うん」
「ちょっと待てよ、今出すから……」
そこでようやく清光は、自分に覆い被さっている相手が全裸だという事実を思い出した。
え、もしかして契るって交尾のこと?
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「んぁっ」
則宗が甘い声を上げて腰を引くと、合わせたようにそれがぷるんと揺れた。
清光はそれが、半陰茎、ヘミペニスと呼ばれるものだということを知らなかった。
「これでえっちすんの? できるの?」
こんな小さなものを入れたってちっとも気持ちよくなさそうだ。もちろん大きければいいというものでもないが、見た目も別にいやらしくないし小さいし、あまり盛り上がるようには思えない。
そんな清光の内心がわかったのか、則宗は少しうろたえたようだった。
「できるとも。ちゃんとこの姿でお前さんを愛でることができると請け合うよ」
「これの形は変わんないの?」
則宗はまたちょっと傷ついた顔をした。
「い、いやかい」
「いやじゃないけど……これを俺の尻に入れるのってどうなのかなって……」
ものすごく正直に言うと、いやだ。形を変えられるものならその顔や素晴らしい身体にふさわしい、人間の性器をつけてほしい。
ドラゴンカーセックス加則加まとめました!
今回は則清パートになってます。まだまだ誤字脱字ありそうなので気づいた方は教えてください
ドラゴンカーセックス加則加
「可愛いお前さんの願いは叶えてやりたいんだが」
と則宗は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ここはどうしようもないんだ。顔かたちや身体つきならどうにかなるんだが、ここは僕の髪や目の色と同じで“こういうもの”と決まっている。番と契るときにだけ使う、大事なものでな」
「そっか……」
清光はちょっとがっかりすると同時に「どうにかなる」という顔や身体がどの程度変化するのかに興味がわいた。
「顔ってそんなに変わるもの? 別人みたいになれたりするの?」
「いやまあその、そこまで変わるわけじゃ」
「身体は? すごいマッチョになったりする?」
「山のような大男にはならんぞ」
「ふうん」
押し倒されたまま、清光はじっと則宗を見上げた。本当に美しい顔をしている。春という季節の一番やわらかで優しくて美しいところだけをかき集めたらきっとこういう形になるだろうと言うような。
「いいや」
「うん?」
「俺、その顔と身体が一番いい。……ねえ、あんたはキスって知ってる?」
「口吸いか? それならわかるぞ」
清光はにっこり笑った。
「じゃ、しよう」