「ぼうや」と呼びかけるの「や」は終助詞なのか、つまり「坊」+「や」なのか、それとも「〇〇坊や」みたいな「坊や」でひとつの名詞なのかわからん。
外国のドラマとか映画とか観るとおそらく婚姻関係にある同性カップルとか、メインキャラクターの保護者がそうだとか特に何の説明もなく普通のこととして出てきたりするのもあって、そういう表現が当然のこととしてあることで変わる世の中というのは絶対あると思うんよね。差別やその構造を糾弾するものがある前提での話だけど。そもそもその前提がないとそんな物語や表現など成り立ちはしないしね。
『アメイジング・グレイス』を作詞したジョン・ニュートンは奴隷商人で船が難破したときに云々という経験に基づいているというのがあるけど、それよりもわたしは後にゴスペルの領域でマヘリア・ジャクソンやまたアレサ・フランクリンの有名な教会での録音などがあるけれど、アメリカ黒人の手にその歌やソウルそのものを取り戻すという、ある種のカウンター的なレスポンスの歴史の方が重要だと考えている。だから元奴隷商人の作った歌と簡単に片付けて良い歌では決してないと思うんですよね。
@kiiroski いやめっちゃ上手い笑笑
@kinchubby666 トースターなりの難しさもあるんでしょうかね。品種は紅はるかかシルクスイートが作りやすくて美味しい印象ですね。
あさり/ザ・グレーテスト