訃報
勝手に(人の死に際してその本人でない人たちが何かを語るのは多かれ少なかれ勝手に〜という性質を帯びているし、わたしは近縁者でも活動を熱心に追っていた人でもないのでこう書きます)差別的な言説が深く浸透し日常的な様々なところに顔を覗かせること、それが絶え間なく、終わりを想像できないほどの勢いで続くこと、続いていることの関連を直観してしまい、それ含めてショックを受けています……。
冥福をお祈りします……と言うべきなのかもしれないけれど、嫌悪が、憎悪が、所構わず表明され、増幅され続けるような状況下で、トランスや二元的で固定的なジェンダー規範のなかで生きていくことができないと感じている人たちに冥福や「安らかな眠り」とされるようなものってあるの?ありえるの?と思う気持ちのほうがいまは強いです……