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松岡正剛の思い出 

僕が高校生のとき(90年代初頭)、市立図書館の本を片っ端から漁っていたことがあり、そのときに工作舎や「遊」の存在を知った。「なんか凄そう」以上に「なんかカルト臭い」という感想の方が勝り、途中からはカルトの教祖っぷりを楽しむ読み方をしてしまった(嫌な高校生だ)。だから「千夜千冊」で久しぶりに彼の文を見たとき、昔より普通の人になったなあと思った。

あと当時は、こういうディープな読書体験は基本的に一人だけで楽しんで、友達と共有することはあまりしなかった。まあそれはお互い様だったか。物凄く少女漫画を読み込んでた同級生(そういうのがいた)も、その話を誰彼なく話すことはしてなかったし。

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